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外国切手研究会 第19回Zoom例会レポート・追加分

2020829日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第19Zoom例会』の追加レポートです。4人目)の記述で一部勘違いや間違いが有ったのと、消失分の画像データも再投稿頂いたので今回と差替えて頂けると幸いです。

4人目)前回他の方から発表された、アメリカ1851年シリーズの最高額面90セントのカバーについて、使用例が10通も無いと言われていたが確認されている物は6通ではないかとの事、その中から4通を紹介して頂きました。

1通目、1861126日ニューヨーク発、スエズ経由マルセイユ行、1ドル32セント分貼。

2通目、イギリス経由喜望峰行、1ドル32セント分貼。

3通目、ニューヨーク発、イギリス経由上海行、1ドル68セント分貼。

4通目、国内使用3セント基本料金の30倍重量便で90セント1枚貼。

ホノルル発アメリカ行カバーを2通紹介、10セント1枚貼と、1セントペア貼と10セント1枚貼、ハワイ~アメリカ東海岸までの料金は17セントで17セントをハワイでは現金で支払い、到着したサンフランシスコ港で東海岸までの料金10セントとShip Feeの2セントを切手で貼付して送付したものになります。10セントの単貼はこのShip Feeを現金で支払ったケースに該当することになるわけです。

Hawaii Pictorial Issueの2セント切手単貼の外信便の使用例2通紹介、葉書はハワイ最初期の絵葉書で非常の珍重されている葉書である。Aloha Nui(アロハ・ヌイ)Postal Cardと言うもの、ホノルル以外のタウンキャンセル(Town Cancel)は非常に収集の対象になっています。

前回のタウンキャンセルという郵便局の消印収集コレクション紹介時に出た質問の答えで、当時のハワイの郵便局数105局だそうです。

ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー2セントのフルシートの紹介、50面シートでポジション48に定常変種。

ピクトリアルイッシュー発行年多数貼り書留カバーの紹介、ホノルル発ニューヨーク行。

エジプト?の官製ハガキが世界中を転送され最終的にシェラレオネに到着した使用例の紹介、蘭印、ハワイピクトリアルイッシュー、アメリカの切手が貼付されている面白いマテリアル。

以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第19回Zoom例会レポート

2020829日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第19Zoom例会』のレポートです。参加者11人中7人の発表で質疑応答が有りました。

今回お詫びですが、システムエラーの為に録画が出来ていない部分が有り、スクリーンショットが取れずに解説が不十分な所があります、御了承下さい。

1人目)エジプト初期切手のカタログコレクションを紹介、1866年に発行されたファーストシリーズはオスマン帝国の影響を受けたデザインで、アラビア文字が加刷されたように見える2色印刷、製造面のバラエティも多いがデザインは不評だったようで、翌年1867年にはスフィンクスを描いたセカンドシリーズが発行されている。

ファーストシリーズのカバー2通を紹介、いずれも1866年カイロ局消だが、”POSTE” と入っているのはイタリア語、切手発行以前のエジプトではイタリア民間会社が外国郵便の取扱を初めたが後に政府が権利を買い戻した、そういう経緯からエジプト初期の郵便はイタリアの影響が大きいそうです。

1952年エジプト革命で当時の国王ファールーク1世が国外追放となった為、肖像を抹消した加刷切手の紹介、リーフに空きがある2枚の航空切手(#C84、#C86)は現在スコットカタログでは欠番になっており、後に偽物と分かった為だそうです、因みにこのファールーク1世は切手収集家でもあり、自分の為に製造面のエラー切手を作らせていたとの事。

2人目)1845年オランダ領東インドで発行された、”Landmail” と呼ばれる世界初の不足料切手カバーの紹介、1846420日アムステルダム発(青い印)、422日マルセイユ中継印(赤い印)、シンガポール経由、バタビアでこの不足料切手が貼られ1846613日の日付と180セント相当の徴収料金を手書き、 サマラン着。

この不足料切手は初めて見たという方が多数で、逓送ルートや料金の解読で話題の1品でした。

19世紀の日本・アメリカ・ブラジル消印の相似形コレクションを紹介、アメリカ19世紀のファンシーキャンセレーションは無数のバリエーションが有るが、日本も当時アメリカのお雇い外国人の影響もあり、このような消印が使われたと言われている、ブラジルが1866年から発行した切手はアメリカンバンクノート社が製造した非常に精巧もので、消印も同様に当時のアメリカの影響を受けたと思われる。

以前取り上げた「郵趣」裏表紙は日本・アメリカ2国だが今回は3国でさらに興味深い、消印も面白いのですが実は切手自体も素晴らしいものです。

3人目)英本国ビクトリア女王時代最後の切手、1887-1890年発行の通称ジュビリーシリーズから、1890年に改色して発行された1/2ペンスと1シリングのコレクションを紹介。

/2ペンスは1ポンドとなる480面シート構成、この時代のイギリス切手の注意点として水溶性のインクが使われており、水剥がしをすると変色してしまう物が多く、特に1/2ペンスは顕著で青色の物はいわゆる傷物になるので注意、1シリングの消印コレクションはボーア戦争時の野戦局など。

カバー類は1/2ペンスを豊富に紹介、国内使用、外信使用、船内投函、博覧会場消、ボーア戦争時の国内料金適用使用例、フィラテリックな物など。

4人目)前回他の方から発表された、アメリカ1851年シリーズの最高額面の90セントのカバーについて、使用例が10通も無いと言われていたが確認されている物は6通ではないかとの事、その中から4通を紹介して頂きましたが、残念がらシステムエラーの関係で1通しか画像が有りません。

1通目、1861126日ニューヨーク発、スエズ経由マルセイユ行、1ドル32セント分貼。

2通目、イギリス経由喜望峰行、1ドル12セント分貼。

3通目、ニューヨーク発、ロンドン経由上海行、1ドル84セント分貼。

4通目、国内使用3セント基本料金の30倍重量便で90セント一枚貼。

アメリカ切手のハワイ初期使用例を発表して頂きましたが、こちらもシステムエラーの関係で残念ながら画像が有りません、簡単に紹介させて頂きます。

ホノルル発マサセッチュー行カバーを2通紹介、10セント(#35)1枚貼と、3セント(#24)と10セント(#35)2枚貼りで料金の違いは、ハワイ・アメリカ間を運ぶ船長に支払う手数料3セント分を現金で支払ったか切手を貼ったかの違いとの事です。

前回のタウンキャンセルという郵便局の消印収集コレクション紹介時に出た質問の答えで、当時のハワイの郵便局数105局だそうです。

ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー2セントのフルシートの紹介、50面シートでポジション48に定常変種、こちらも画像が無く申し訳有りません。

世界中を転送されて最終的にシェラレオネに到着した面白いハガキの発表も有りましたが、こちらも画像が無いので解説が難しく割愛させて頂きます。

5人目)オランダ本国、1872年5セント(SC23)キングウイレム3世のカバーを紹介、オランダ関係を収集している中で初めて競争展向きと思えるマテリアルを購入、ここから1歩ずつ進めて行きたいとの事で状態も良いカバーですが、こちらもシステムエラーの関係で残念ながら画像が有りません。

6人目)前回発表のスロベニア新聞切手、複雑なシート構成の違額面ブロックを資料から紹介、発行枚数は最低額面はリュブリャナ印刷分が9,777,700枚、ウイーン印刷分が2,765,000枚で合計12,535,700枚と桁違いに多く、未使用が多く残っている理由が分かります。

17回例会で発表のスロベニア・スモールチェーンブレイカーと呼ばれるシリーズのシート構成とルレットを解説、シート構成は大きく4つ、目打は2つのパターンが有る、発表者所有の5050100面シートを例に取ると、印刷面はずれていないが50面ごとにルレットを施工して上下左右に抜けていない例、印刷面がずれているので50面ごとにルレットを施工して上下左右に抜けていない例、100面そのままルレットを施工して左右だけ抜けていない例などを紹介。

7人目)ニューヨークコレクターズクラブという地元の郵趣会に所属しているが、その機関誌によると、2週間に1度講師を立て1時間程度のZoom例会を初めてから新規会員が増えているという話、地元だけでは無く、他の州や遠くは海外からの参加も有り、Zoom例会自体は会員以外でも参加出来るがそこから面白さを感じて会員になる方が増えているのではと。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

 

 

外国切手研究会 第18回Zoom例会レポート

020822日 2000PM – 22:10PM開催『外国切手研究会 第18Zoom例会』のレポートです。参加者11人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)ドイツ民間郵便会社タクシスの切手について、第16Zoom例会の続きでセカンドイッシューを紹介、おさらいとしてタクシスは広範囲な飛び飛びのエリアを受け持っており、切手発行当時北部地域はシルバークロッツエン、南部地域はクロイッツアーと通貨単位が違っており、2種類の額面で色が同じ物同士ほぼ同一貨幣価値の切手を発行、北部地域用は額面を四角、南部地域用は額面を円形で囲んだ最終シリーズ迄同様のデザイン。

1859年から発行されたセカンドイッシューの特徴は、全部ではないが白紙にカラーインクで印刷されている、ファーストイッシューは着色紙に黒インクで印刷されていた、又発行期間が短かった為マルチプルや使用例も難しい物が多いが例外として、高額切手の未使用は余り使用されずに残っている為に入手は難しく無い。

北部地域は主に工業地帯、南部地域用は主に農業地帯だった為、高額切手の使用例や外信カバーは南部地域の方が少ない、発表された全リーフを可能な限り紹介しますので参考にして下さい。

2人目)第2次世界大戦時、チェコのテレンジン収容所で発行された小包切手について、未使用、使用済、プルーフを紹介、約7万5千枚発行されたと言われ実際の郵便事業はドイツが行っていたらしい、スコットカタログは未掲載だがミッヘルカタログには掲載、色違いや二重印刷のバラェテイーも有るそうです。

この収容所には悲惨な歴史が残っているが切手のデザインからはそれを連想できず、外部の家族や知人に物資を送ることも出来るという宣伝やカモフラージュを兼ねて発行されたと思われる。

3人目)アメリカ1851年シリーズの続きで5セント以上の切手コレクションの紹介、3セント無目打の発行枚数は約3億6千万枚に対して、5セント無目打は発行期間が短かった事も有り約15万枚と少なく入手もそれなりに難しい、5セント無目打と12セント無目打はタイプ分類無し、10セント無目打は5つのタイプ分類が出来る。

1857年から発行された目打有の5セント、10セントはタイプ分類が出来る、その10セントは狭かったガッターに目打を入れる為に印面を少し削った物がタイプ4である、1860年には24セント、30セント、90セントの高額面が追加された、最高額面の90セントは使用例が10通も無いと言われており、真正の使用済も滅多に無く非常に高価。

日本では見る機会の少ない19世紀アメリカクラッシックコレクションです、こちらも可能な限り紹介しますので参考にして下さい。

4人目)ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー6種の紹介、アメリカ併合前最後のシリーズで1899年にはUPUカラーに改色された3種も発行された、最初のリーフはプレートプルーフで幾つかは厚紙に印刷されている。

SPECIMEN” の綴りが ”SPCEIMEN” と間違えられた見本切手やガッターペア、銘版入ガッターペア、ハワイ切手最終使用日消印ブロック、ポルトガル語で印刷された見本切手の紹介。

1セント切手のタウンキャンセルという郵便局の消印収集コレクションやカバー、エラー切手やパックポー消、アメリカ切手とのコンビネーション使用例の紹介。

5人目)ベルリン救済強制切手について、カバーを収集してきて10通程になった、これらを整理するにあたってどのような方向でまとめたら良いか検討中、歴史や時代背景も勉強しながら色々考えているがアドバイスがあればお願いしたいとの事。

ベルリン封鎖は歴史上の大事件でもあり、テーマチックや郵便史共に面白い展開が出来ると思います、メジャーなテーマでも有り、諸外国の収集家が発表されている作品等をネットで探して参考にするのも良いのではというアドバイスが有りました。

6人目)前回発表のスロベニア・スモールチェーンブレイカーシリーズ、1ディナール額面の90面シートの定常変種変は2番と70番に有るが、この90面シートは100面シートから左1列の10枚を取り去った版なので100面シートの定常変種は3番と78番になる。

スロベニアの新聞切手の紹介、この切手はリュブリャナの現地印刷とウイーン印刷が有るが、リュブリャナ印刷の方は印刷が悪く天使の図案が悪魔のように見える。

この切手の製造面では印刷パターンが多数有り、切手自体は非常に安価だが市場に残っているのは殆ど単片なので、定常変種等の製造面研究は非常に困難と思われる。

生まれて初めてオークションで購入したカバーの紹介、オシフェンチム35日消、ブレスラウ行、オットーホノルンク氏の鑑定書付、今となっては詳しい覚えていないが何か分かる事や情報があれば教えて欲しい。

貼られているのはオーストリアの印紙だが、郵便使用が許可されている印紙でパーセラーカンパニーポストという、小包に手紙を入れられなかった時の同時配送サービスで使用されたのと思われるとの事、この印紙の郵便使用は貴重な物なのでオークションマテリアルになり鑑定書も付いたと考えられる。

1人目その2)ジャーマンステーツのミックスドフランキングの紹介、イリーガルと思われる物、フォアードな物、正規に認められていたフランス行カバーの紹介。

追加情報)イギリス民間業者発行ストライキ郵便切手について、お二人の方より情報を頂きました。

英国のスト郵便ですが、金井スタンプの『スタンプレーダー』の1971年の各号に同社が取り次いだ切手の販売リストや林敬氏が若干の記事を載せているので、日本語で読めるものとして参考になるかも知れません。”

英国郵政ストライキ時の『民間切手』実逓便の宛先となっているワダ・ヒロシなる人物が話題となっていることを知りました。見たことのある名前だったので手元のカバーを探したところ2件ほど見つかりましたのでスキャン画像を添付してお送りします。
アラブ土侯国の一つ、フジャイラからワダ氏に送られたものです。消印が見にくいですが両方とも1971年です。ストライキ切手のと同時期のものですね。”

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

南方占領地切手コレクターズクラブ第4回Zoom例会レポート

2020年8月26日 9:00PM~11:00PM 開催の『南方占領地切手コレクターズクラブ』のレポートです。
参加者は8名で、南方占領地域の切手や使用例の話題でにぎわいました。

以下、話題に上がったマテリアルについて順番に書き記していきます。

1)スマトラ 大日本枠無し加刷(T2)と枠付き加刷(T3)との二重加刷
踊り子7.5cにスマトラ東海岸州の加刷が2つ押されたものの発表がありました。
日専未収録であり、新発見です。

2)スマトラ バンカビリトン軍政部印加刷のロット
オランダ不足料切手にバンカビリトン島の軍政部印が紫で加刷されたロットです。
このうち、コルフ印刷局製の1c,20cは日専未収録のものです。

3)スマトラ 1次昭和切手の大正池5銭切手とマライの軍政部単枠加刷切手貼エンタイア
フロントカバーとのことですが、スマトラの東海岸州内同士の使用例であり、どちらの切手も実逓便は少ない貴重なものです。左上の紙片は許可された言語以外で封書を出してはならない、といったことを述べています。

4)スマトラ 各種切手貼のソ連参戦記念カバー
1次昭和切手の大正池5銭と法隆寺25銭、無加刷の蘭印切手が貼られたエンタイアです。左上にソ連が対日参戦を表明したことを取り上げているカバーです。

5)マライ 漢字加刷 ネグリセンビラン2c/5c切手の変種?
左の切手のcts.のピリオド部分がカンマ「,」のように見える単片です。
同様の変種を持っている参加者がいたため、ひょっとすると定常変種かもしれません。
どなたかお持ちの方はいらっしゃいませんか?

6)海軍地域 為替証書 マカッサル郵便局長印つき
為替証書の上部にマカッサル郵便局長印が赤で押印されたものについて話がありました。他に黒で押印されたものが参加者から提示されました。

7)マライ 2次昭和切手他の持ち込み使用例
マライに持ち込まれた2次昭和切手の使用例が紹介されました。八紘一宇4銭や少年兵15銭、靖国17銭、凹版灯台40銭といったものに特印が押印されたものでした。

8)ビルマ 東郷5銭切手に5c黒加刷切手のエンタイア
タウンジイ局で引き受けられた郵便物ですが、消印が怪しいということで疑問品です。しかし、裏のYAWNGONの着印は真正品では、ということで真偽不明でした。
どなたか当該の消印と同じような消印の押された単片やカバーをお持ちではないでしょうか?

9)ビルマ ミョーンミャ局の孔雀加刷切手
この加刷には孔雀の右肩に切り込みのあるものと無いものがあります。一時期は切り込みの無いものが偽物といわれていましたが、印影の特徴がほぼ一致しているため真正品ではないかとのことでした。

10)ビルマ 日本記念切手・靖国神社75周年切手のビルマ宛エンタイア
日本内地からビルマに向けて宛てられたエンタイアです。このような封書に日本の郵趣化が返信用に種々の切手を同封したことで、南方での日本記念切手などの使用例が残されたのではないかと考えられています。

11)フィリピン 1銭5厘楠公はかきに田沢5厘切手を貼ったManila局差出ハガキ
フィリピンの郵趣家から日本に宛てられたハガキです。これらのハガキ、切手はフィリピンでは販売されなかったので、持ち込み使用例です。

12)香港 切手印面塗りつぶしカバー
香港から中国に宛てられた郵便物は切手の印面を塗りつぶされました。これは日本の香港占領を認めない中国側によるものですが、料金は有効のまま送達されました。過去のスタンペディアオークションでは珍局として名高い九龍城差出の同様のカバーが出品されました。

13)フィリピン 不足料切手二重棒抹消切手
この切手は偽物が非常に多く、未使用は非常に危険です。画像のオンピースは他の切手、消印は真正のようですが、当該切手の加刷はやや疑わしいものです。

話題は主に以上でした。

今週末の金曜日(8月28日)、当例会の参加者がYouTubeで南方占領地切手の主にマライ切手について講演をするとのことです。是非とも皆様もご覧ください!!

米粒写経チャンネルで視聴できるとのことです。参考までに前々回の講演のURLです。

 

以下は上記マテリアルの画像(一部)です。

外国切手研究会 第17回Zoom例会レポート

2020815日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第17Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)第15回例会で紹介のイギリス民間業者が発行したストライキ郵便切手カバーで、受取人のMr Hiroshi Wada とは、郵趣復刻版で偶然見つけた19493月号の裏表紙広告に載っている切手商ではないか?という話、ちなみに復刻版は全部で7冊出版されていて第1号に載ってます、某オークションでもよく出品されています。

2人目)ハワイ王国クラッシック数字切手の偽物の見分け方について、本物は10のタイプ分類出来るがこれに当てはまらない切手はほぼ偽物、前回紹介のスタバーグ氏の書籍でタイプやプレートの詳細な解説があるそうです、1つ目画像の4枚は参考の為に購入した偽物で本物と比べると分かりやすい。

世界的珍品として有名なハワイ王国クラッシック宣教師切手について、2セントと5セント切手のタイプ違いペアはPeter Winter氏が作った偽物で、”Grinnel Missionary” を真似て作ったものではないかと思われるが、どうもグリネルミッショナリーの切手は異なる感じがする、13セントは ”Grinnel Missionary” で昔から知られている偽物で、その名前にあるように、George H. Gronnelが作ったもの、20073月のオークションで2,900ドルでのハンマーでした、偽物は本物と見比べた場合数字の周りの模様が偽物は若干荒く見える、色が本物と違う、本物はテッシュペーパーのような非常に薄い用紙に刷られている、本物はほぼ全て鑑定書付きなど。

ポルトガルセレス切手について、1926年発行ロンドン印刷(トーマス・デ・ラ・ルー社)は24種類で入手は難しくは無い、5センタボのカバーは色々な宣伝が印刷された無封サーキュラーメール使用例で映画割引券が付いている面白い物、同時期のハガキ使用例は25センタボ分の切手が貼られており、かなり安い料金だった様。

3人目)アメリカ1851年シリーズから3セント切手コレクションの紹介、シェードと印刷版のタイプ違いが分類が出来る、無目打の発行枚数は約3億6千万枚、2つのタイプと9の実用版が使われた。

1857年発行の目打有の方は発行枚数6億枚以上、4つのタイプと27の実用版が使われた、版番号はのちに右下の耳紙に印刷される様になった、基本的にタイプと実用版の関連性は無く、版の中に色々なタイプが混ざっているのも有れば、全て同じタイプの物も有るとの事です。

4人目)第15回例会で少し話の出た、某オークションで落札したイギリス民間業者発行ストライキ郵便切手コレクションの紹介、ローランド・ヒル図案のセット、それらにアポロ14号の記念文字を加刷したもの、小包配送用だがなぜか低額面連刷のもの、フランス持込カナダ宛カバー、シンデレラ切手と呼ばれる切手に似せたラベルに加刷したもの、日本切手やベルギー切手との混貼カバー、ロンドン宛実逓FDC、フランス持込フランス国内便カバー、1971年通貨制度変更を意識したような数字図案のもの、珍しく洗礼された図案のもの、どこの業者か不明だが外国向け航空郵便料金表など面白いコレクションでした。

15回例会で発表したコクサイスタンプの郵趣広告記事から、英国郵便のストライキ期間は1971120日から37日、約200の私設局に認可が与えられた、Public Mail Serviceのように60数種のセットの切手を発行した所もあるとの事です、これらのカタログや資料、他の情報をお持ちの方がおられましたら是非紹介や投稿をお待ちしております。

5人目)第14回例会で発表した、ドイツ1920-1948年使用済み2000枚パケットの経過続報、比較的図案が統一されている為、約半分の切手をカタログ等使わず分類出来た、残り半分を分類した後の楽しみを考えている最中との事です。

6人目)イギリス・1ペニーマルレディカバーの紹介、赤いマルタ十字印の押された1840516日ハリファックス消の初期使用例、1840122日のペニーブラックカバーの方は既に黒いマルタ十字印が押されている、ロンドン辺りでは早くも8月位から黒いマルタ十字印が使われていたらしい、ペニーブラックカバーの切手左に押されてるのはロンドンで暫定使用されていた投函ポスト印で、日本なら箱場印との事です。

7人目)スロベニア・スモールチェーンブレイカーと呼ばれるシリーズの変わったシート構成の紹介、印刷版を解説している資料からこの高額面切手は、225枚の印刷シートから分割された4種類のシートが有るのが分かる、紹介者も25枚のシートは未入手との事、何故このようなシート構成になったのかは不明。

低額面切手の印刷シートも50枚が2段と3段の物が有り、中額面切手も100枚シートと90枚シートが有る、目打に見える抜けの良いルレットや抜けが悪くてルレットに見える目打等、製造面が面白いシリーズとの事、ちなみに前シリーズのチェーンブレイカーもシート構成は色々有るのだが、人気の有る分値段も高く、製造面ならこちらのシリーズがリーズナブルに楽しめるとの事です。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第16回Zoom例会レポート

202088日 2000PM – 22:10PM開催『外国切手研究会 第16Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)イギリス2ペンスブルーコレクションの紹介、知名度や人気は1ペニーブラックの方が高いが、英国及びその関連地全般を収集している中でもトップクラスに好きな切手との事、ペニーブラックは12版及び修正版も有るがこちらは2版しか無く製造面のバラエティは少ない、発行枚数は約640万枚でペニーブラックが約6800万枚と約110で入手はそれなりに難しくなっている、特に未使用切手は単片でも相場は約100万円と高価、紹介の未使用ペアは約40年前にそれなりの金額を叩いて購入したもので以降は未入手。

ペンスブルーは青色の印刷が不安定だった為かシエードの分類が多く楽しめる、同時に発行されたマルレディーカバーもそうだが、初期に使用された濃い赤色のマルタ十字印使用例は少ない、ペニーブラックがレッドペニーに変わった後でもこちらは使い続けられたようで、後期使用例と言える黒色のマルタ十字印や日付入り印もよく見かけるが、個人的にペンスブルーは赤色のマルタ十字印で揃えて行きたいとの事。

本日は不参加だが、最近の例会でアメリカクラッシックを発表されている方のコレクションをJAPEX切手展で拝見して刺激を受け、自分のコレクションを3年程掛けて再整理し、昨年のアルプスヨーロッパ切手展にビクトリア女王時代の切手として出品した中のワンリーフとの事です。

消印に関する質問その1)赤と黒以外の抹消印が使われた使用例が有るがその辺はどうか(色々な報告は有るが当時は抹消印と日付印の色が違っており、黒の代わりに青のインクを使っている局も有った、それらの朱肉を間違えたり混ざったりして使った為に発生した可能性も高く余りそこは追求していない)、その2)マルタ十字印は全て手彫りとの事だがその印影から使用局は分かるのか(全て判別可能で専門カタログに記載が有る)、その3)なぜ抹消印としてマルタ十字印が選ばれたのか、少し前に話の有ったマルタ騎士団と何か関係が有るのか(有り色々な諸説が有るが、本国でも結論は出ていない)。

2人目)自分のコレクションから朝鮮関係のカバーで詳細が分からず例会でヒントが欲しくて紹介、1通目は1905年ドイツ発ロンドン経由朝鮮ソウル行ゲルマニア切手貼カバー、T文字の不足料印が押されている、韓国京城印が押された長崎廻しの付箋が貼られている、訪ね当たらずの意味が日本語とフランス語で表された朱印が押されている、ドイツ語のZURÜCK(バック)印が押されている、長崎でDUEの文字が入った朱印が押されている、SEOULI.J.P.O欧文印が押されいる、など情報は非常に豊富。

参加者の意見を整理すると、ドイツはUPU187571日当初から参加しており、1905年当時の外信船便基本料金は20ペニヒなので10ペニヒ不足、ドイツでTの不足印が押され、以前紹介の仮想通貨UPUフランに換算された不足金額がUPUルールの青色文字で書き込まれれる、付箋の下には恐らく不足料金に対し、当時の規則である不足金額の2倍の徴収料金20の数字が青文字で書き込まれており、今回はUPUフランとペニヒ通貨と銭通貨が偶々同じ比率だった様、これらUPUルールの運用はフィラテリストマガジン13号で山本勉氏が詳しく解説されておられるので是非参考にして下さい。

ちなみにこれら多くの国際郵便料金を詳しく解説した書籍として、MICHEL Internationales Taschenbuch der Postgebuhrenというカタログがミッヘルより安価で販売されていますとの事、下記にリンクを貼っておきます。

https://www.briefmarken.de/michelshop/de/buecher/sonderangebote/internationales-taschenbuch-postgebuehren

2通目は1901年発菊ハガキに菊切手を加貼した朝鮮NINSEN(仁川)発ドイツベルリン行ハガキ、左下に押されているドイツで押された印鑑が詳しく分からない、どうも地名や局名ではなく郵便局番号が押された印鑑らしと迄は判ったがそれ以上は詳しく分からない。

今回の2通は昨年のJAPEXに朝鮮の消印という作品を出品したが、アメリカで今年817日から22日に完全にバーチャルな切手展スタンプショウが開催されるので、朝鮮の欧文印ワンフレーム作品を出品しようと整理していた所、ドイツ関係で詳しく分からないマテリアルが出てきたので発表させて頂きましたとの事、またこのバーチャル切手展は登録無料でネット上で色々な会合や公演も開かれるそうなので紹介させて頂きますとの事です。

3人目)チャイナクリッパー最新号より、中国発行COVID19切手の紹介記事について、色々と話題の多かった切手だが細かく説明されている事も有り、カタログにも掲載されるだろうとの事。

中国北京発スイスチューリッヒ行カバーについて、1946年5月は中国の郵便史的には非常に面白い時期で、5月1日より海外宛の通常封書料金が30円から190円に値上げされたが航空料金は50円のままで、通常封書料金より航空料金の方が安い期間が5月1日より520日迄の19日間程存在した、520日からは航空料金も300円となった。

この時期のカバーの存在は決して少なくはないが190円という中途半端な料金のせいか過貼されているものが多く、約半分はそのような使用例でその内又半分は切手が裏面貼り、料金が正しく貼られて表に切手が貼られていて満足出来るるカバーは少なくてこれもその様な物、しかしながらこのカバーのポイントは表面で、以前他の方が発表したカバーと同様、スイスに到着後特別に早く配達する為の手続きがなされその料金を不足料切手で徴収されたカバーと思われる。

ただ今回紹介のカバーは1946年だが45サンチーム、以前紹介された方のカバーは1952年だが25サンチームの不足料切手で徴収されており、その違いは詳しく分からないとの事。

4人目)ドイツ民間郵便会社タクシスの切手について、今回は1852年から1858年発行の1番シリーズを紹介、このタクシスは広範囲な飛び飛びのエリアを受け持っていたが切手発行当時、北部と南部では通貨単位が違っており、2種類の額面で色が同じ物同士ほぼ同一貨幣価値の切手が発行されている、北部用は額面を四角、南部用は額面を円形で囲んだデザイン、4種類の額面で切手が発行されたが他のジャーマンスティツもほぼ同様で3種類か4種類、ローカルレター、第1地帯、第2地帯、第3地帯の額面となっているそうです、1853年に第1地帯用の青色が濃すぎて額面や消印が判りにくいという理由から明るい青色に変更されて発行、1854年に北部ローカルレター用新額面、1857年に北部印刷物用新額面が発行されて計12種類。

全体的に未使用は難しくペアやブロックはかなり難しい切手が有る、製造期間の短い第1地帯用初期の濃い青色の切手は特に難しい、最後に発行された北部印刷物用切手も同様で難しい、使用済やカバーは未使用に比べると入手しやすいが大きなブロックやマルチプルは比較的難しい、南部用切手に比べると北部用切手の方が入手は若干難しいそうです、発表された全リーフを可能な限り紹介しますので参考にして下さい。

5人目)最近例会で話題になっているヘリゴランドが気になり、西ドイツ1972年観光シリーズヘリゴランドのFDCを入手したが、そのカシエが1940年発行ヘリゴランド帰属50周年の図案と同じ事に気が付いた、この切手が以前購入したドイツ2000枚パケットに入ってないか期待、最後はヘリゴランドリプリント切手を入手して大名刺のワンリーフを作れないか検討中との事。

最近購入したアジアとアフリカ諸国のロットについてアドバイスが欲しい、分類整理の途中だが比較的色々な国と年代の切手が入っており、アジア植民地等詳しくない地域も多い、これから発展させて行けそうな物が入っているか、有る程度整理して終わってしまいそうな物か分からない。

アドバイスその1)先ずは国単位で整理して足りない所や欠けている部分を調べてみる、そこの穴埋めやバラェティを入手整理して行けば素晴らしいカタログコレクションにはなると思いますとの事。

アドバイスその2)ゼネラルコレクションと専門コレクション両方をやっている上でのアドバイスとして、1840年から2005年迄で世界の切手発行枚数は約50万種類、ゼネラルの基本的な考えは1種類でも多く集めるのが目的で深い分類や発展等を目標にするのでは無いと思います、専門コレクションの考え方を個人的意見で述べると、1980年位迄の切手なら国際展レベルの作品作りは可能と思いますし、50万種の中から自分が気になったり気に入ったシリーズを選び深く追求するのが専門コレクションで、今回購入されたロットの中にそういった切手やシリーズがあれば、それがどんな国でも何らかのアドバイスが出来ると思いますとの事。

6人目)最近eBayで出品されていた偽物について、現在中国とロシア関係を収集しているが、内蒙古・張家口(カルガン)発の私製ハガキを見つけた、ロシア局の中でも非常に難しい物で兎に角入札をしたが締切直前によくカバーを見ていると2つ押されている中国の消印が上海59日、騰越5月16日と有りえない日数関係に気が付いた、騰越はビルマ国境近くの町で当時の国内逓送だと2ヶ月近く掛かり、海外逓送路を使うしかないルートで、上海 → 香港 → シンガポール → ラングーン → バーモ → 騰越と一週間では不可能、更に詳しく調べた所全く同じ日付の物が英国の有名コレクターが発表した論文の中に有り、見比べて見ると所々おかしな点に気が付き入札を取消して安心していた所、以前この出品者から2点落札していた事に気が付いた。

中国・雲南奥地からビルマルートのフランス行私製ハガキだが、同様のカバーは所有しているのでハガキ使用例も欲しいと思い入札するも落札出来なかったが、出品者から同じ日付のハガキ使用例が有るので購入しないか?というセカンドオファーを受けた、自分は2番手では無いと思ったが、比較的値段も安く思えたので購入したが、先の出品者と気が付いたのでよく調べてみると、こちらも全く同じ日付の本物カバーを見つけた、中国局の消印だけ調べたがやはり所々おかしな点が有り偽物を購入してしまったと確定した、eBay90日で記録が消されるが、PayPal180日間記録が残るのでそこから調べてクレームを強く入れると返金された、もう一点は90日以内だったのでeBay自体のクレーム対応から申し出ると此方も暫くして返金された。

注意点として本物の当時のハガキに本物の切手を貼り、著名なコレクションやオークション出品物を参考にした偽物の消印が押されている事で、その日付は本物と同一年月日である事が多い、欧米人ではなくアジア系の人が書いたと思われる上書きも特徴である、最近の複製技術の向上も有りこういったカバーやハガキが多数出品されていると思われるので注意して下さいとの事です。

7人目)前回発表のハワイ王国クラッシック数字切手のブロック(シート)の解説の補足、前回発表後も引き続き色々調べた所、幾つか有る数字切手の著書からウエスタバーグ氏の解説で、当時の印刷機の画像や(スコットNo.225セント切手の50枚シートの画像があり、この切手は30枚と20枚の印刷組合せだった可能性があるとの事、10枚単位のポジションが判別しており通常なら偶数パターンのテートベッシュが出来るが、印刷版の組合せによっては奇数パターンのテートベッシュも有り得るらしいが、5セントに関しては前回紹介の物が現存1点の為未確認である、又同著書で(スコットNo.23)1セントの説明文で印刷シート構成は40枚又は50枚と記されており、かってホノルルアドバイザーコレクションが所有していたテートベッシュも40枚シートとして説明されている、実際の印刷シートがどちらだったかは50枚シートの形では現存していない為不明。

同じく同書から(スコットNo.132セントの図版で、これもホノルルアドバイザーコレクションがかって所有していた物、左右で明らかな位置ずれと印刷色の違いが有り、同一シート中に別々のプレートが混在しているハイブリット版ではないかとの疑問点が有り研究余地はまだ有るが、これほど印刷位置ずれが有るものは他には無い、(スコットNo.15)1セントにもプレートが混在しているものが一点のみ確認されているがこれほど印刷位置がずれている訳では無い。

ハワイ数字切手でテートベッシュが存在するのは5点で其の内4点を所有しており紹介、(スコットNo.15)1セントで旧石川良平コレクション、(スコットNo.225セント、(スコットNo.23)1セント、(スコットNo.242セント、所有していないのは(スコットNo.215セントだが非常に数が少なく入手は難しいとの事です。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第15回Zoom例会レポート

202081日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第15Zoom例会』のレポートです。参加者11人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前々回発表のハワイ王国クラッシック数字切手の続編、現存確認されている20枚以上のブロック(シート)の解説、1点目1865年発行5セント(スコットNo.2225枚シートで現存1点の旧ホノルルアドバイザイーコレクション、 右側5枚分がテートベッシュになっている物で左側20枚、右側20枚計40枚で印刷した物を10枚の4点に分割されているのが普通でこの様な状態で残されている物は非常に少ない、テートベッシュが発生した理由として40枚シートの印刷時、最初は半分の20枚を印刷した後、紙を180度回転させて残り20枚を印刷した為と言われているが全ての数字切手(メインナンバーで15種)にテートベッシュが有るのでは無く、当時の印刷時技術や状況、環境等でそれらが発生したと言われている、1996年時でのオークション落札価格は10万5千ドルとの事ですが現所有者は不明。

2点目発表者の所有品で1865年発行1セント(スコットNo.2520枚シート、収集家デビット・ゴールデン氏がかって3シート所有していた物で現存5シートの中の1点。

3点目1865年発行2セント(スコットNo.2620枚シートで現存1点、これもデビット・ゴールデン氏が所有していた物、印刷単位の10枚ブロックで左右を見比べた時、右ブロックのポジション1とポジション9共に左側の文字(INTERISLAND)が欠けているバラェテイとなっている、数字切手は現地印刷のタイプセットで現存シートが少なく当時の状況が詳しく分かっていない為に発生理由は分からないとの事、現存数としては文字が欠けている切手の方が多いかもしれないがオークション価格やはりこちらが高くなる様、又ポジション10も額面数字が欠けた定常変種。

前々回紹介の1864年2セント(スコットNo.24)と合わせた4種類が20枚以のシートが現存している数字切手のとの事です。

ポルトガル1912年発行セレス普通切手コレクションの紹介、ゼネラル収集時のリーフだが完集は中々難しい、2リーフ目、3リーフ目はハガキ使用例の紹介、このシリーズは紙の分類や目打、シェードバラェテイも有り楽しめるが大半の値段は安価との事、それ故にオークションにも余り出でこない為入手は逆に難しい、このシリーズで切手展出品を考えた場合、どういった方向が考えられるかという質問に対し、シリーズ全体が大きくどこかで区分をして収集出品をするのも一つの方法という回答で本国では専門カタログもある、又このシリーズを日本切手に当てはめた場合、田沢切手に該当するので日本でそれらを国際展に出品されている方の作品を参考にするのも良いのではというアドバイスが有りました。

2人目)旧中国切手初期コレクション、1リーフ目は大龍切手のバラェテイを紹介、この9種を揃えるのは非常に難しく特に3段目の厚紙は難関ですとのコメントが有りました、25枚シートの画像は発表者の所有ではないがプルーフと思われ他に4枚シートのプルーフも有る様、2リーフ目は次に発行された小龍切手、この切手は水剥がしをすると印刷面が崩れてしまう為状態の良い使用済は非常に少なく、紹介者のコレクションはかなり状態の良い方と思われる、3リーフ目はチベット(西蔵)加刷切手の紹介、1911年発行のこれらは1912年に消滅した旧中国(清)の末期に発行された為に現存数は少なく、全部を揃えるのに10年以上かかったとの事、切手自体は台切手加刷共ロンドン製との情報。

3人目)イギリススタンプレスカバーの紹介、安価で状態も良かった為最近購入したが専門外の為情報が欲しいとの事、封筒上部 ”OnHerMajesty’sService” の書込と消印から1871年エジンバラ発の公用便迄は判明、本日例会はイギリス関係に詳しい方が居られない為これ以上の事は分かりませんでした。

同じくイギリス関連で、1971年イギリス郵政のストライキ時に民間業者が発行したストライキ切手カバーの紹介、1通目は封筒の表と裏に世界の有名人図案8枚セット?の切手を貼ったオランダ行FDC、2通目は日本の1969年切手趣味週間「髪」を図案に用いたフランス経由日本行航空便カバー、この時代イギリスのストライキは数ヶ月にも及ぶ事もあり、このような切手を製造発行したのは数社有るとの事だが、写真のカバーに貼られている切手は図案の選定からアラブ土侯国切手を彷彿させるもので、収集家向けの発行がメインの目的だったと思われる、無論国際郵便には使えない為に奇妙な感じのコンビネーションカバー風となっている。

特に2通目のカバーは「日本向けエアメール」と図案に描かれた5シリング額面のストライキ切手を貼って作成されたカバーをフランスに持ち込み、同国の切手を貼って日本に向けた実逓便で受取人は東京のMr Hiroshi Wada となっている、当時の切手商かブローカーと思われるが日本人向けに双方の業者が手を組んで作成したと考えられ、本来の目的とは大きく違って発行された切手である。

前回の某オークションにイギリス1971年ストライキ切手コレクションが出品落札されており、その落札者の方が次回例会に発表して頂けるとの事です、又これらの切手を日本で販売する為の切手商が有ったはず、調べて見てはとの事で検索した所「郵趣」19719月号の広告を1件発見しました。

4人目)ヨーロッパ・日本間のイタリア・ブリンテッシ経由カバーに関する話について、1通目はGBOLMIDAの差出人印が押され旧小判切手が貼られた18779月横浜発フランス行でUPU加盟初期のカバーで10銭は当時の主な向け基本料金、2通目は1880年6月17日横浜発フランス行カバーだが10銭+2銭=計12銭が貼られた料金からブリンテッシ経由と推察されるが実際にそのルートで逓送されたかは現時点では確証出来ていない。

3通目が今回の本命でスイス発横浜行、18741216日バーセル消でヨーロッパでもまだUPUは成立していない時期のカバー、逓送ルートとしてはスイス→フランス→イタリア・ブリンテッシから船便で日本行、当地は19世紀中盤にスエズ運河が開通して以降はアジアとヨーロッパと結ぶ欧亜航路の発着地のひとつであった、当時のブリンテッシは既にイタリア北部からの鉄道も開通しており陸地内速達扱いと思われる、ヨーロッパ・日本間での郵便史を最近初めており、それらの収集品としてこれらを入手したとの事、なお日本のUPU加盟以前はフランス横浜局経由の有名な”デグロン君”カバーが有りそれらは非常に高価だが、逆パターンとしてブリンテッシ経由のカバーが有るのか無いのか等も調べて行きたいとの事。

ちなみにブリンテッシは現在それ程有名な都市でも無く、切手収集家以外には知名度は高く無いが実はPKOが使う物資集積基地その他も有る重要な都市との事、PKO活動の多くはアフリカで地理的な位置からではと思われます。

5人目)前回の続きで旧中国切手に押された”HMCG”という印について、購入予定だった書籍は業者から連絡が来ないのだが、時間差で自分のブログに同じ内容を上げた所、コメント欄より丁寧な答えを頂いたのだが、ひとつだけ気になる点が有ったので質問すると、十分納得の答えを再度頂きほぼ解決したとの事です、又この方以外からも情報を貰い、4年前に自分が購入したカバーが香港のオークションに出品されて不落札だった時の商品説明欄も教えて頂き、前所有者等の情報も分かったので購入予定だった書籍については無くても良いかなと思えるとの事。

2点目はメイン収集の孫文切手について、写真は最近国内オークションで購入した香港中華版で中華2版と呼ばれる2分切手銘版付8枚ブロック、櫛型と思われる目打だが少し気になる点が有り購入した、高額面の円切手はシート構成が違うが、分切手は同じで上部から一段ずつの櫛型目打と上下左右に抜ける単線目打が有る、最初に紹介した2分切手の櫛型目打に見える物だけ各コーナーを見ても櫛が抜けている面が見当たらず不思議との事、同じく2分切手で単線目打に見えるが左右に目打が抜けていないブロックも発見した、この2分切手だけがどの様な形で目打されたのか疑問との事です。

6人目)アメリカ普通切手1851年シリーズコレクションの紹介、前回紹介のファーストシリーズに続く2番目のシリーズとなる切手だが、基本料金が前納なら3セントと大幅な値下げとなり前シリーズに比べ発行枚数は大幅に増えた、1855年には前納が義務付けられ1857年には目打入りとなる、1リーフ目はエッセイのコレクションでスコット専門カタログによると7社のエッセイが有りその内4社のエッセイ、最下段のトッパン・カーペンター・カシリア社が競争落札して印刷製造した。

2リーフ目は1セントフランクリン無目打のコレクション、アメリカクラッシック切手としては非常に人気が有り”ブルー・フランクリン”の愛称で呼ばれる、プレーテイングが可能で専門カタログによると無目打と目打入り有合わせて12版だが1版はさらに前期後期に分けられる為13種類、印刷実用版は200枚シート、全部で13×200=2600のポジションが確定出来るとの事、ブルー・フランクリンに関してはタイプⅠが大珍品でその分類は主に図案上部の装飾で判別出来る、タイプとポジションに直接の関連は無く、転写時のトラブルやリカットされた印刷面等に現れる要因から確定するとの事。

3リーフ目は1セント無目打カバーの紹介で3枚貼りは書状基本料金、1枚貼りは市内便もしくは無封印刷物料金。

4リーフ目は1セント目打入りコレクションで1857年発行、当初イギリスから輸入した機械を用いた為アメリカ切手としては細かい15 1/2のピッチ、無目打では大珍品だったタイプⅠも目打入りではポピュラーとの事、ガッターが非常に狭い為目打ちを上手く入れる為に縦印面を少し削って出来たのがタイプⅤで無目打には無いタイプ。

5リーフ目は1セント目打入りカバーの紹介、3枚貼り書状基本料金、1枚貼り市内便、両カバー共に朱色の消印だが特に珍しいという訳では無く普通に使われていた思われる。

質問として、これらマージンの狭い切手はそれらが良いマテリアルは少ないと思われるが実情としてはどうかに対し、版の分類には特に上下の印刷面が分からないと難しい為、それらを重視して購入するべきとの回答、先のカバーにも出た疑問として、この切手に押されている消印の色が黒、青、朱色が確認出来るが特に評価や希少性等有りますかの問いに対し、アメリカはその辺りおおらかな感覚で使われて規定は特に無かったと思われるが詳細はハッキリしないとの回答、無目打切手の中に右マージンが広いのが1枚有るがこれはシートの右側のポジションでしょうかの問いですが、その通りですとの事、アメリカ初期は切手抹消印と日付印に分かれていたがいつ頃から日付印で抹消されるようになったかとの問いに対し、ファーストシリーズですでにその使われ方がされている使用例も有るので比較的早い時代からではと思われるとの事。

5人目その2)次回の例題として、1968年発行土侯国オーマン切手貼日本向けエアメールカバー、当時UPU未加入と思われるが無事到着しているように見える?受取人は当時の渋谷スタンプ?宿題です。

今回は以上です。イギリスのストライキ切手は盛り上りました、この件で他に情報をお持ちの方居られませんか、詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

南方占領地切手コレクターズクラブ 第3回Zoom例会レポート

2020年7月22日 9:00PM~11:00PM 開催の『南方占領地切手コレクターズクラブ』のレポートです。
先月の『集まれ!南方占領地マライ切手コレクター 第2回zoom例会』の後続となる例会で名称変更を行いました。
参加者は11名となり、マライ・スマトラ・フィリピン・香港・北ボルネオとほぼ全域にわたり様々な話題が上がりにぎわいました。

以下、話題に上がったマテリアルについて順番に書き記していきます。

1) マライ ローマ字加刷のネグリセンビラン6c切手と贈呈の紙片
上記切手(但し8の逆字入り)に加え、贈呈の紙片がネットオークションに出品されました。
マライの現地関係者へのタトウに挟まれていたものではないかという意見に対し、参加者から当該タトウの回覧がありました。タトウにも贈呈表記があったため、紙片は切手に挟まれたものではなく、本などに挟んだものではないかとの意見が出ました。

2) スマトラ/香港 1次昭和切手 大正池5銭の使用例
参加者から1次昭和切手 大正池5銭のスマトラ・香港での使用例の回覧がありました。日専の評価でも高めであるように、実逓エンタイアはたとえ為替証書であっても希少です。
参加者からは東郷5銭の発行を機に、本土での売れ残りの大正池5銭は積極的に南方・南洋に送ったのでは?という意見が出ました。

3) 北ボルネオ ボーホートの真正印顆の流出
北ボルネオ・サラワクのボーホートの消印が市場に出たとのことです。値段やどのオークションに出たかなどは不明ですが、印顆にハマっている日付しか現存していないため、後に偽消しが作られたとしても見分けがつくとのことです。

4) マライ PERLIS表示の消印の押されたカバー
マライのPERLISは戦前は独立した1つの州でした。しかし、日本占領下ではKedah州に編入されたため、消印にもKEDAH州表記が登場するようになります。その後、タイに日本がマライの北部3州を割譲した後、再びPERLIS州として行政が置かれたため、消印もPERLIS州表記が登場しました。紹介されたカバーはタイ割譲後のもので、非常に希少かつ人気があるものです。

5) フィリピン ミンダナオゲリラ切手のエンタイア
海外オークションにミンダナオゲリラ切手3枚貼のエンタイアが出現したとのことです。現存確認では唯一の3枚貼りカバーです。エスペランザの為替消印で抹消されており、実逓の意味合いの強いカバーでした。

6) スマトラ タイプライターでスマトラ加刷のなされたカバーのコピー
先月の15)で言及された新発見の加刷について、参加者からコピーの発表がありました。20年以上前に大コレクター兼切手商が持っていたカバーであり、前回発表のカバーの他にもう一通の存在が確認されました。

7) スマトラ 大日本枠付き加刷の赤紫色加刷
スマトラ東海岸州で使われた、大日本枠付き加刷(日専T3)の赤紫色加刷の回覧がありました。台切手は農耕切手や踊り子切手であり、日専記載の赤色や紫色とは異なる印色でした。

8) マライ 正刷切手の目打について
マライの正刷切手は櫛型目打が施されていますが、目打の抜け方で何種類かに分類できるのでは、とのことです。上耳に目打が抜けているもの、下耳に目打が抜けているもの、上下両耳の目打が抜けているものの3種類が確認されており、下耳に目打が抜けているものの存在数が少ないとのことです。また、日本の動植物国宝切手の連続櫛型目打のように、2段ごとに穿孔している可能性も参加者から発表されましたが、現物上は1段ごとに目打穴の乱れが確認されるため確認できませんでした。これからの研究の余地が多くありそうです。

9) スマトラ 正刷切手エッセイの目打ちについて
スマトラの正刷切手とマライの正刷切手は同じコルフ印刷所で印刷したので、参加者が参考にとスマトラの正刷切手の試刷の回覧がありました。8)で見られるような、下抜けのものや両耳に目打ちが抜けているものがありました。

10) マライ 正刷切手のエッセイ
マライの正刷切手エッセイの回覧がありました。異額面のエッセイのペアはまれに見ますが、回覧されたものは4枚ストリップや表裏に印刷されたものがありました。市中のエッセイのペアはこれらが分割されたものであろうとのことです。

11) スマトラ パレンバン加刷の詳細な分類
スマトラ・パレンバンの大日本枠付き加刷(日専T20)、IPL加刷を細かく分類したものの発表がありました。一部ですが下部に画像があるので圧巻の分類を是非ご覧ください。

12) フィリピン 郵趣会ハガキについて
前回の8)で紹介のあった、ハガキ通信についてまとめたサイトURLの記載許可を執筆者から得られたので、ここに記載させていただきます。まだ未完成とのことですが、掲載している分からだけでも情熱が伝わってくるハズです。
http://www.nigelgooding.co.uk/Exhibits/NigelGooding/Philatelic%20Societies/Introduction.htm

13) スマトラ? 2次昭和 女工1銭に謎の加刷
2次昭和切手 女工1銭切手に黒で二重丸のような加刷がなされた切手の発表がありました。不鮮明だったため詳細は不明ですが、おそらく戦後スマトラの独立戦争時代のものではないかとのことです。

14) 海軍地域 マカッサル郵便局長印 加刷切手
蘭印切手の新女王切手や数字5c切手にマカッサル郵便局長の印が押された切手の回覧がありました。この印は為替証書に押されたものがありますが、切手に押されたものは少なく未使用しか見つかっていないため発行されたかはわかりません。

話題は主に以上でした。
南方切手に興味を持たれた方はコメントなどで連絡を取っていただければ、歓迎いたします!!

またZoomの特性上、カメラで収集品を発表しようとしてもうまくいきません。
なので参加者の皆様は極力pdfやjpg方式で収集品を紹介いただけるとありがたいです。お手数をおかけしますがご協力お願いします。

以下は上記マテリアルの画像(一部)です。順に1,2,7,8,8,11,14です。

外国切手研究会 第14回Zoom例会レポート

2020725日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第14Zoom例会』のレポートです。参加者13人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)スイスコシャー切手の紹介、郵趣20004月号に解説されているが、1907年に出した政令を民間会社(コシャー社)が誤解して作った「ラベル状の切手」、本来は切手ではないので郵便に使用出来ないがしばらくの間はその使用が見逃されていたとの記事だが、発表者参加者共にカバーや使用済は見た事が無いとの事。

質問その1)郵趣紹介記事の切手つき封筒は政令解釈が正しいものか(正しく運用されて製造使用されたもの)、その2)切手や封筒の印面原版は政府が貸出提供したものか(当時の状況から複製原版の貸出提供が有ったと思われる)、その3)印面部分のサイズはオリジナルと同じか(切手を比べて見る限り同じ)、その4)この切手や封筒の販売価格は日本のエコーハガキの様に割引販売されたのか(情報が少なく現時点では不明)、その5)この切手は誰が使用出来たのか(同じく情報が少なく不明)、その6)この切手や封筒は普通に郵便局から販売されたのか(多分違うと思うが詳細は不明)。

スイス民間会社製造切手封筒については、郵趣の記事以上の情報が少なく疑問点が多く出ましたが、コーディネーターから後の話に出て来る、米国スイス郵趣協会の方に訪ねてみるかもしれないとの事、HPも有る為そちらも要チェックです。

https://swiss-stamps.org/

2人目)アメリカ切手初期コレクションの紹介、1リーフ目は局長臨時切手でこれらはアメリカ全土の統一切手が発行される以前、ニューヨークを始めいくつかの郵便局で1845年から1847年の2年間に発行されたもの、紹介のニューヨーク局切手は一見ペン消しに見えるが、郵便局長や職員が販売時イニシャル等のサインを入たもの、使用時はこの上から郵便印やペン消しとなる、プロビデンス局切手は横3枚縦4枚の12面シート構成で手彫銅版印刷との事、局長臨時切手はこの2局以外の収集は中々難しい様、1845年当時アメリカの前納郵便基本料金は12オンス以下300マイル迄5セント、300マイル越10セントでその後統一切手発行時も引き続かれる。

2リーフ目は1847年発行統一切手5セントと10セントのコレクション、5セントの方はシェードバラェティが豊富でスコット専門カタログでも5種類に分類されている、10セントの方は刷色が黒という事も有り大きな分類はされていない、他に10セントのトライアルカラープルーフや1875年印刷局発行のリプロダクションなど。

3リーフ目は両切手カバーの紹介、5セントの方はペンシルバニア州内1850531日のカバー、10セントの方は1850523日ニューヨーク発、同525日カナダクイーンストーン中継印、同5月27日カナダコーバーグ行カバーで当時の基本料金、ちなみに中継印下部U.Cとは当時のアッパー・カナダの事で現オンタリオ州とのコメントです。

切手発行初期アメリカの郵便物は後納が中心で、切手が使われたのは約2パーセントと言われており、英国ぺニーブラック、ペンスブルーなどに比べその現存数は非常に少ない、局長臨時切手でも特に希少なバージニア州アレキサンドリア局発行切手のカバーは、近年約1億円で取引されたと2020年スコットクラッシックカタログ冒頭記事に書かれているとのコメントが有りました。

3人目)アメリカ郵趣協会の最新月刊誌で取り上げられていた話題を紹介、同国1957610日発行の国際観艦式(INTERNATIONAL NAVAL REVIEW)の記念切手だが、図案左の円には(1607-1957 JAMESTOWN FESTIVAL)も入っており、FDCも同様から異なる複数の出来事を記念して発行されたと分かる、この地はイギリスが北アメリカに建設した最初の永続的植民地でもあり、当時の郵政としてはジェームスタウン350周年記念の切手を考えていたが、冷戦時代の当時は国防長や国務省より横槍が入り、NATO海軍合同演習の方の切手を作るよう圧力が掛かったらしい、当初は無視していたがやがてそういう訳にもいかなくなり、演習場所が偶々このジェームズタウン沖だった為両方の内容を合わせた切手となったという記事。

FDCの初日印は切手に描かれている航空母艦サラトガの機械消となっているが、おそらく艦内での押印作業では無かったと思える。

このような複数の出来事を記念して発行されたのはこれが初めてでは無く、1930410日発行「カロライナ・チャールストーン記念切手」、1939112日発行「4州50年記念切手」が有る、後者の切手はまるで洗濯物を干しているようなデザインと言われ評判は良く無いとの事。

日本でもこのような発行がされた切手は無いかと調べた所、201261日発行「東京国立近代美術館開館60周年・京都国立近代美術館開館50周年記念切手」、20059月1日発行「古今和歌集奏覧1100年・新古今和歌集奏覧800年記念切手」、2006929日発行「国際文通週間・国連加盟50周年記念切手(切手には国際文通週間の表記は日本語英語共に無いが記念印には入っている)」、1985510日発行「国土緑化運動・国際森林年記念切手」等を見つける事ができた。

以前からの記憶として1968101日発行「明治100年記念・第23回国体記念切手」も浮かんだがこれは正式名称であり、明治100年の記念切手は別に発行されていて、二つの出来事を合わせて発行された訳では無いという事も分かった。

追加解説その1) 第13Zoom例会で発表された、アメリカ2セント切手付き封筒に1セント及び2セント加貼使用のペンシルバニア発長崎経由仁川行カバーの説明が抜けていましたので、お詫びと解説を追加させて頂きます、最近興味を持っている領土を持たない切手発行体や亡命政府の切手など、突き詰めれば自分のメイン収集範囲である戦前の朝鮮半島に繋がる事に気がついたとの事でした。

4人目)蘭印南方占領地切手について、切手としての扱いは日本切手側だが、オランダ切手収集家としてはやはり蘭印切手に加刷されたものは台切手共に興味があり、色々調べて行きたいとの事。

前回紹介のドイツ2000枚パケットに入っていた、ブュルテンベルクの切手が貼られたカバーとハガキを入手、なぜか封筒よりハガキの方が貼ってある切手の額面が高い?それらを含め詳細はこれから調べたいとの事。

最近オークションにドイツ軍事郵便のスタンプレスカバーが2通出品されていたが、値段等を考慮して1通に絞り落札した、理由は消印が鮮明でその数字(部隊番号?差出地番号?郵便局番号?)と差出人が記入したと思える裏面の数字が同じ事を重視したがどうか?このような軍事郵便のカバーはどう調べれば良いか?

アドバイスとしてはこちらを購入して正解です、フェルド・ポストの記入、日付印、検閲印も全て表面で揃ってるのと、茶色封筒より白色封筒の方が良いと思いますとの事。

1949年の強制貼付切手貼カバーについて、切手自体をスコットカタログでは調べる事が出来なかった、そもそもスコットカタログにはこれらの切手は掲載されていないのか?また他の種類等も無いのか?やはりミッヘルカタログが必要なのか?

アドバイスとしてはミッヘルジュニアカタログには載ってなかったとので、ミッヘル標準カタログか専門カタログが必要と思います、それらには詳しい分類も載っており、古い版でも良いので入手されるのが良いと思います、又この切手の使用例としてはオーソドックスだが良いカバーだと思いますとの事。

5人目)米国スイス郵趣協会が日本時間724-25AM8に開催したZOOM例会に参加した内容から抜粋して紹介、スイス郵便史シンポジュームがテーマと聞いていたが、今回19世紀の話は殆ど無く20世紀の話が大半だったとの事。

5件の講義を楽しく聞く事が出来たが、その中で印象に残ったひとつがカンピヨーネ切手の話、カンピヨーネとはスイス領地内に有るイタリアの飛び地で現在でも人口2000人程の町、第2次世界大戦時イタリアが連合軍側に抑えられた時でも、この町はイタリアとして独立して残っており独自の切手を発行していた、フィラテリックなカバーが多く残っているが切手の発行自体はフィラテリック的では無い、カンピヨーネ切手についてどれ位実逓便が残っているのか、書留は1日どれ位利用されたのかを調べているアメリカの収集家からその発表を聞けた事。

もうひとつはアメリカの国連郵趣協会所属のグレック氏の発表で、国際連盟を中心とした他の国際機関のお話(ILO、難民弁務官事務所、国際司法裁判所等々)、TimeLineと表示されたパネルは国際機関の切手は第一次世界大戦後のベルサイユ条約から国際連盟が設立され、今の国際連合に至る迄を5つの期間に分けられると表現した物、最初の国際連盟事務所はロンドンに有った、その後ジュネーブのホテルに移る、国際連盟の建物は現IOLになっている、1920年よりジュネーブより郵便を出すようになる、郵便料金の関係でフランス差出カバーが存在する、国際司法裁判所は1934年オランダへ、委任統治関係等々、郵趣的には興味深い話ばかりだったとの事、他の方からの情報で今回の講義内容とほぼ同じと思われる動画がAPSYouTubeチャンネルにアップされており、設定で英語字幕を出す事も可能です、以下のリンクを参照して下さい。

国際連盟のYouTube https://www.youtube.com/watch?v=ljx1ON0mITs (後半は未掲載)

又前記の国際郵趣協会のHPでは過去の記事を会員で無くても一部参照する事が出来ます、こちらもリンクを貼っておきます。

国連郵趣協会(Journalの項で、過去の会報及びその索引が見られる)

http://www.unpi.com/#:~:text=The%20United%20Nations%20Philatelists%2C%20Inc,and%20forerunners%2C%20as%20well%20as

前回発表の英領ヘルゴランド島の切手に関する追加情報、この切手で8フレーム作品が作れるかという問いに対し、過去とある収集家が国際切手展でラージゴールドを受賞しており、経済的に繋がりの強いドイツとのスタンプレス時代のカバーやリプリント、素晴らしいマテリアルも多数含まれているがそれは5フレーム作品であり発行されている作品集も109ページの書籍、8フレームは難しいと思われるとの事。

6人目)旧中国切手に押された”HMCG”という穿孔代わりに使われたと思われる印について、2点共自分の所有品で数年前フィラテリストマガジンで発表したものだが、その時もその後もこの印鑑についての詳しい情報を入手出来てなかったが、先日海外オークションでこの”HMCG”印が押されている25分切手貼りカバーを発見落札、印の押され方や郵便印から所有の15分切手と同等の物と思える、カバーは恐らく公用便でニュジーランドオークランド行、25分の郵便料金は船便基本料金、又この切手についての書籍も発見して現在取り寄せ中、到着すれば多くの疑問が解決するかもしれないので続報を期待。

追加情報その2) 第13Zoom例会で発表された、ネパール切手とチベット切手の混貼カバーについて、日本の第一人者様より情報を頂きました。

今回のマテリアルですが、画像がハッキリしていないので不明な点がありますが、わかる範囲で解析をすると以下のようになります。結論から言うと、残念ながらフィラテリックな作られたカバーです。航空郵便用の封筒を使っていますが、この時期にネパールでは売られていません。それと、料金があいません。表面に4パイス無目打エラーが2枚で8パイス。裏面に2パイス刷色エラーが1枚で2パイス。表裏の合計は10パイスですが、チベット宛は8パイスになりますから、2パイス余計なわけですね。その、余分な2パイス分が裏面の刷色エラーになります。恐らくこのカバーを作った人は、エラー切手を使ったカバーを作りたかったのでしょう。ですから料金加納を承知で、2種のエラー切手を選んで貼ったのです。

2パイス刷色エラーは、Printing No.1の最終印刷で出現したもので、1945年にカトマンズ局内で集中使用されていますから、それ以前に収集用に市場に出たものを購入して、後年(画像では日付が読めない)使用したものと思われます。こうした理屈が合わないネパール関係のフィラテリックカバーは、欧米人によって多く作られているので注意が必要です。”

ネパールとチベットの間に条約はありません。ネパールは、1959年にUPUに加盟するまでは、基本的にネパール切手を貼付して外国郵便は出せませんでした。古くは、インドが在カトマンズ局を開局していたので、そこからインド切手を貼って差し出していたのです。

そうした不便が解消されたのは、1937年にネパールとインドの間で2国間条約が結ばれ、ネパール切手がインド限定で通用可能になってからです。そして、この条約を適用する形で、インド郵政が持っていたチベットへの郵便線路を利用することが可能になったのです。カバーを見ただけでは、ネパール郵政とチベット郵政が直接的に郵便交換をしていたように見えますが、実は違うのです。逓送は、ネパール郵政→インド郵政→チベット郵政となります。”

との事です、ありがとうございました。

以上です。下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

 

 

外国切手研究会 第13回Zoom例会レポート

2020718日 2000PM – 22:25PM開催『外国切手研究会 第13Zoom例会』のレポートです。参加者13人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回発表のあった英領ヘルゴランド島切手について詳しい解説、伝統的にドイツの島で、1814年ナポレオン戦争で英国所有に、1890年にヘルゴランド=ザンジバル条約で交換されドイツ帝国領となる、第2次世界大戦で英国に爆撃されドイツ軍は撤退、1952年に当時の西ドイツに返還される、ミッヘルではジャーマンスティツの扱いだが、1867-1890年に英領として19種の切手が発行された。

英領ヘルゴランド島切手の特徴として、ジュリアスゴルドナーというハンブルグ19世紀の切手商(現代のお土産屋さんのような感じと思われる)が1875年ヘリゴランド郵政より当時使われなくなっていた切手をお土産として販売する為、オリジナルを製造したベルリンの印刷所で同一原版を用いてリプリントを製造買取した、後には印刷原版を買取り自身で発注製造が続けられた、1880年代には使用停止になった低額切手の印刷原版も買取り、さらには既に使われなくなっていたヘリゴランド郵便局初期の消印も買取り、リプリント販売と共に過去の日付に遡った押印サービスも行っていた。

以上のような経緯からこれらの切手には、1)オリジナル切手の未使用、2)オリジナル切手の本物の使用済とカバー、3)オリジナル切手の偽消しとカバー、4)リプリントの未使用、5)リプリントの偽消しとカバー、が存在する事になりそれらの判別が必要になる。

但し19種類の内リプリントされたのは12種類であり、リプリントされなかった7種類の未使用について判別は比較的容易である。リプリントは3箇所で印刷製造され、ベルリンリプリント、ライプチヒリプリント、シュロットケリプリントが存在する、それぞれに特徴が有り本物とこれらリプリントとの判別は可能である、専門家は未使用についてはシェードを重視して分類しているとの事。

使用済みに関しては本物と偽消しの判別は非常に難しく、使用済みやカバーは鑑定書付きでないと購入を躊躇う物も多い。

英領ヘルゴランド島切手に関しては、以下のリンクより御本人が作品形式で分かりやすく詳しい解説をされています、是非御参照下さい。

http://www.stampedia.net/stamp/exhibition/207/ja

 

2人目)モザンピーク官製ハガキの使用例、ロランスマルコス印、近隣都市トランスバールダーバン行、前回他の方の紹介されたハガキ同様表に着印が押されている、この辺りこの時期はそれが普通だったのかもしれない、要検証。

ネパール切手とチベット切手の混貼カバーについて、裏面にもネパール切手貼、ネパール切手はセカンドシリーズの切手だがこのシリーズは目打有の為、表面の4アンナ切手は無目打エラー?裏面の2アンナ切手は本来の色はブラウンの為刷色エラー?と思われるとの事、1949年ネパールラリトプール発チベットパリジャン?行、非常に興味深いカバーだが発表者参加者共にカバーの詳細は分からず、是非有識者の見解をお待ちしております。

3人目)前回モザンピークカンパニー切手の続報、モザンピークカンパニーの切手の消印は首都ベイラーしか無いのでは?と発表したが、幾つか他局の消印が見つかった為追加発表、1つ目)像が向き合う紋章シリーズに押された1906年3月18日マロメウ消(ベイラーより北の都市)、2つ目)同国官製ハガキに1906年4月6日マセゲウス消ドイツクランペンゲルグ同年4月30日転送ヘルシンガー行同年51日着、当時の官製ハガキは表面に写真やイラストが印刷されている物が多くて興味深い。

次の20レイス官製ハガキは1904619日ベイラー消だが、15レイス切手が加貼されたドイツ行、表面にポルトガル本国の王宮が描かれている、上部に経由地も手書され左側にドイツ東アフリカラインの消印が押されて航路等も推測出来る為、一枚のハガキから多くの情報を楽しめる。

前回他の方より発表のハワイ王国1862年発行数字切手2セント(スコットNo.16)オンピース切手について画像よりプレートが判明した様、この切手はプレート3-C、タイプ8、ポジション8、ホノルル消、専門家の氏によると外枠の各コーナーギャップ等から調べる事が出きたとの事。

現在スペインの切手商で8月迄の期限で即売されているスイス不足料切手ファーストシリーズが貼られているカバーを3通紹介、ドイツ発が2通アメリカ発が1通で共に例会参加者の収集範囲の為、興味あるマテリアルとの事。

前回に続きハワイ王国クラッシックコレクションより、1864年発行数字切手2セント(スコットNo.2420枚シート専門コレクションを紹介、この切手はシートを真ん中で分割された10枚単位になっている物が普通で(無論それらも希少)、このように20枚シートで残されている物は大変少なく今迄2点しか存在が確認されていなかった、その内の1点は有名な収集家フエラーリがかって所有していた物、今回発表の3点目は最近発表されて購入したとの事、他にスコットNo.25切手も20枚シート(現存4点)をお持ちとの事で、福眼ながらハワイ王国切手コレクションは是非リアル例会でも拝見させて頂きたいと多くの声が上がりました。

4人目)前々回発表のマルタ騎士団に続き、領土を持たない切手発行体に色々と興味を持った事からポーランド亡命政府の切手についての郵趣書籍を注文したとの事、1939年ドイツの侵攻によりポーランドは陥落してしまうがポーランド海軍は逃げおうせ、最終的にイギリスロンドンで樹立した亡命政府は切手を発行した、イギリスの主権を犯さない様ポーランド船籍の軍艦や商船で運ぶ郵便物で実際に使用された切手との事で、その宛先はイギリス他に友好的な国や中立的な国との事、未使用切手は比較的残されており、インターネットオークションで見かけるカバーの大半もフィラテリックな物だが書籍が到着次第勉強したいとの事、コメントとしてこの書籍は第一人者が書かれた非常に良い物とのアドバイス。

5人目)アメリカ普通切手1870年シリーズコレクションの紹介、1869年シリーズは不人気で1年余りしか製造されなかったがこのシリーズは約20年に渡り製造された、1リーフ目はプレートプルーフやカラートライアルプルーフ、再彫刻等のブロックを整理した物、2リーフ目1セントフランクリンで印刷物や市内郵便用の切手を分類したもの、製造会社が初期はナショナルバンクノート社、中期はコンチネンタルバンクノート社、後期はアメリカンバンクノート社製造に分けられる、初期のものにはグリルという消印を消去しにくくなるよう紙に凹凸の加工をされた物も有る、それぞれの原版は引継がれたがコンチネンタルバンクノート社やアメリカンバンクノート社はそれぞれシークレットマークを入れて印刷製造した事と用紙の違いでそれぞれ分類が可能、消印やシェード、紙質の違い等で分類を楽しめる、3リーフ目3セントワシントンは書状基本料金の切手で1セントの分類とほぼ同じ3社で印刷製造された、この切手は10億枚以上発行されたので貫禄が有るにも関わらず使用済は安価で楽しめる。

蛇足として以前このシリーズをJAPEX切手展に出品した時、構成方針が当時の日本の小判切手的な展開だと審査員よりアドバイスを頂いた事も有ったが、その後特に変更はしていないとの事です、コメントとして自分で楽しむには良いのでは、又消印が同年代の日本の小判切手に押されているのに近い物が多く面白く、過去の郵趣の裏表紙(19811月号と判明)にも両国の使用済切手が取り上げられた事も有り懐かしいと。

6人目)旧中国切手、40分貼1933216日上海発ドイツハンブルグ行重量便パックボーカバーについて、コンテブェルデという船籍がカバーに手書きされ消印のC欄も同じくコンテブェルデだが、A欄がロイドトリエスティーノという船を所有している社名になっている面白い物、このコンテブェルデという船は日本にも深く関わっており、1932年極東航路に就任したが1937年香港で台風により走錨に合い日本郵船の浅間丸と接触事故を起こし座礁してしまう、修理完了後航路に復帰するが1940年頃欧州で戦争が始まった為に帰れなくなる、上海にそのまま停泊していた所旧日本軍が目を付け前記の浅間丸と共に難民交換船としてロレンスマルケス迄1度だけ航海する、その後再び上海で停泊していた所又も旧日本軍が目を付け、輸送船として利用する為に寿丸と改名改装したが1944年頃空襲により沈没、戦後引き揚げられスクラップなる運命を辿った船舶。

当時の上海の新聞によるとロイドトリエスティーノ社の告知が有り、その欧州航路郵便の告知と宣伝を見た差出人がこのカバーを作ったのではないかと思われるとの事。

7人目)前回紹介の蘭印カバーについて自分で調べた仮の結論、19331227日バタビア(オランダ領東インド)発アムステルダム(本国)行の「ペリカン」(アムステルダムバタビア路線で使われたオランダ航空使用の旅客機の名称)に搭載された特別新年フライトカバーでは?でもオランダでは新年よりクリスマスを重視するのでは?とさらに調べた所、193312月「ペリカン」がバタビアへの特別なクリスマスメール飛行に使用され往復完了された記事を見つけた事から「特別クリスマスフライトカバーの復路」ではないか?

郵便料金に関して、オランダ領東インド発本国行封書=30c+12 1/2c=航空料金+封書料金と仮定、ネット上で色々なキーワードを使いカバーの画像を検索した所、全く同じ料金形態のカバーは見つからなかったがebayで同年代同路線のカバーを検索した所同様の物が5通程見つかった、料金の高いカバーも見つけたが重量便ではないかと、引き続き機会があれば調べて行きたい。

某オークションで最近落札した、ドイツ1920-1948年使用済み2000枚パケットについて、長期間楽しめると思い購入、細かい分類はまだ初めてないがアドバイスやヒントが有れば欲しい。

アドバイスその1)この時期のドイツ切手は色々な国が混じっている為先ずはそこを分類する必要が有る、画像から見る限り本国、占領地、戦後フレンチゾーン、前後ソビエトゾーン、ボヘミアモラビア、ウクライナ、ヒトラー切手でも加刷による占領地切手等々、その2)ドイツは物が豊富に有る上カバーも安い為ここも楽しめる、その3)分類にはやはりミッヘルカタログが必要だが、専門カタログ、スタンダードカタログ、ジュニアカタログの3種類が有る、ジュニアカタログとは日本のさくらカタログの様な物でありアマゾンでも安価で購入可能、その4)この時期の特徴として、本国や占領地等国名表記がそれぞれ違う為、カタログを使わなくても大きな分類が可能との事。

1人目その2)現在開催中の某オークション、2020年夏の文献セールにミッヘルジュニアカタログが出品されています、参考にして下さいとの事です。

亡命政府切手の話題として、少し前第13回某オークションに1915年発行ベルギー亡命政府のカバーが出品落札されていたとの事、こちらも参考にして下さいとの事です。

以上です。今回も熱気の有る発表ばかりでした。又ネパールチベット混貼りカバーについては是非有識者の見解をお待ちしております。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。