外国切手研究会 第34回Zoom例会レポート・後編

20201212日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第34Zoom例会』レポート後編です。参加者9人中6人の発表で質疑応答が有りました。

4人目)最近入手した韓国・手押標語印の紹介と考察、官白の仁川はハングルバージョン、朝鮮総督府官報によると、大正1371日より3種類が使われ始めたと有るが実際には4種類有る。

この印は鳴美の資料に詳しく載っているが、記載が間違っており意味の通じないハングルになっている、震災ハガキのカットは元山で使われた日本語バージョン。

昭和10123日朝鮮新聞の記事によると、京城三越(現在でも新世界百貨店本店として使われている)で京城郵標クラブ主催、趣味の郵便切手博覧会が開催されており、出品目録から朝鮮総督府逓信局出品の鮮内標語入消印集が確認出来る。

翌年には第2回趣味の郵便切手博覧会が開催されており、こちらも写真より当時の雰囲気が確認できるが、いずれも作品はリーフに見える物に展示されている事は非常に興味深い。

朝鮮半島で開催された切手展は、釜山郵標クラブが開催したのが最初で、こちらの京城郵標クラブが開催したのは2回目3回目に当たるとの事。

5人目)前回の続きで、南方占領地の台切手から米自治領フィリピンの部分を紹介、かってはスペイン領だったが、1898年の米西戦争後アメリカ領となった。

南方占領地の台切手の大半は英国領で図案も似通っており、僅かにオランダ領でそれらは女王図案が多かった為、アメリカ領のフィリピンは違う雰囲気が有る。

元々の加刷切手が台切手に使われている物も多く、台切手の加刷違いに対して日本の加刷は同じで、JPSのカタログではそれらを分類していない物も有り注意が必要。

アメリカ領という事で航空切手が台切手となった物も有るが、記念切手や公用切手としての加刷使用だった。

不足料加刷切手や公用加刷切手が台切手となったのもそれぞれ1種類有る。

6人目)最近入手した古いアメリカ製図入りゼネラルアルバムの紹介、1940年頃迄の採録だが残念ながら貼られていた切手は余り多くは無かった、このアルバムの有効活用についてのアドバイスが有ればとの事。

この実物が貼られたアルバムを調べながら、自分の気に入った国を探すのに使うのが良いのではという意見が有りました。

1人目その2)1973年日本発東ドイツ宛の私製ハガキ、切手が貼られておらず不足料扱になっているが、詳細が分からないのでアドバイスが有ればとの事。

手書きのTと消印のTが押されているが、輸送途中の切手脱落では無い事を判別する為、どちらかは日本で処理された物との事、消印のT50の数字は以前紹介のUPUフランでの不足料金ではとの事です。

お知らせ)前回紹介の、ベトナム半島に存在(1888-1890年)したと言われるセダン王国が、1889年に発行した切手の件ですが、とても詳しいコメントを頂いたので紹介させて頂きます、有難うございました。

郵趣百科事典で調べてみたら2つありました。
(1) Grosses Lexikon der Philatelie, 1. Auflage (Alexander Bunderz
/ 1923年刊)
Sedang-Marken, für den Eingeborenenstaat in Hinter-Indien, wurden von dem französischen Abenteuerer David Mayrena herausgegeben, es sind Schwindelmarken. Vergleich „Die Post „ 1906, S.148.

(2) Großes Lexikon der Philatelie II (Ullrich Häger/ 1978年刊)
Sedang, der Phantasie des franz. Abenteurers und Schwindlers Louis David de Mayrena entsprungenes angebl. Königreich am Fluß Mekong in Hinterindien, zu dessen „König“ Marie I. sich Mayrena selbst erhob.

Er kam nach Paris, um sich seine Würde von eigenen Gnaden durch die damalige Schutzmacht in Hinterindien, Frankreich, bestätigen zu lassen und ließ in Paris sieben Marken mit Inschrift DEH SEDANG und Wertangaben in einer erfundenen Sprache und erfundenen Währung (von 1/2 Math bis 1/2 Dollar) drucken, die er selbst (bzw. durch seine „Minister“) in Paris und Ostende 1889/90 ungebraucht oder mit einem Stempel versehen an Sammler und Händler verkaufte und reißend loswurde, bis der Schwindel herauskam.

Nach dem Verschwinden Mayrenas hielt sich der Markendrucker mit seinen Forderungen insofern schadlos, als er die noch bei ihm lagernden Bestände (meist entwertet) verkaufte; das Interesse der Sammler an diesen Schwindelprodukten blieb noch einige Zeit erhalten. Diese Marken haben bestenfalls Kuriositätswert.

詳しい翻訳は興味のある方にお任せしますが、だいたい次のような内容です。
・フランスの冒険家で詐欺師のLouis David de Mayrenaが自分自身をMarie 1世王と名乗り、空想で作った先住民族国家のラベル。
・自分の威厳を確認してもらようと、当時そのあたりを統治していたフランスのパリにやってきた。
・自分で創造した言語と通貨による7種の切手(1/2 Math から1/2 Dollar)を印刷させた。国名表示は「DEH SEDANG」。
・これらの切手は1889年から1890年にかけて、パリとオステンデの収集家及び切手商に、その悪ふざけが露見するまで、未使用切手と使用済切手を販売した。
Louis David de Mayrenaが去ったのち、切手の印刷業者が自分の在庫(ほとんど使用済)を販売した。
・この詐欺師による作り物は、しばらくは収集家の関心を引いたが、価値はせいぜい興味本位のもの、という程度である。
以上、ご参考まで。

連絡事項)2021313()14() に開催予定されていた「スタンプショウ=ヒロシマ2021」ですが、残念がら9月開催に延期されたとの事です、宜しくお願いいたします。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。