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南方占領地切手コレクターズクラブ第14回ZOOM例会レポート

南方占領地切手コレクターズクラブ 第14回ZOOM例会レポート

2021年7月28日 8:00PM~10:00PM 開催の『南方占領地切手コレクターズクラブ』のレポートです。

参加者は7名でした。

以下、話題に上がったマテリアルについて順番に書き記していきます。

 

1)北ボルネオ サラワクハガキ実逓

北ボルネオの実逓便はどれも数が少なく貴重です。本品はクチンから日本の小豆島に宛てられたサラワクハガキです。珍しい宛先でとても良い逸品です。

 

2)ビルマ バッテン二重加刷ハガキ

ビルマのハガキにはタイプの異なるバッテンが二重に加刷されているものがあります。いままでは返信部のみしか見つかっていませんでしたが、今回往復完全品が見つかりました。

 

3)海軍地域 セレベス電信加刷

セレベス錨切手はその加刷から16種に分類できます。このブロックはそのうち少なくとも2種類の錨加刷がなされています。電信為替加刷自体、バラエティが多いので奥の深い切手です。

 

4)海軍地域 日本宛て実逓

南ボルネオBandjermasinから日本宛ての実逓便です。海軍地域では防諜上の理由から日付の無いタイプの消印が用いられていますが、本品のような一行印も存在します。

 

5)自由インド 偽物

自由インド切手はそれなりに残存数のある切手ですが、それでも偽物が存在します。本品は糊と印面が異なる偽物です。他にも別種の偽物があります。

6)フィリピン 戦後使用

フィリピン戦で日本軍が実質的に敗退した1945年2月以降、進駐した米兵たちが、残されていた占領切手を敢えて記念品として郵便物に貼って差し出した使用例が残されています。基本的に占領切手は記念ラベルとして料金とは関係なく貼られているものが殆どで、日本の降伏文書調印を記念した1945年9月2日付のいわゆるTOKYO BAYカバーにも占領切手が貼られているものがあります。
その中で、2つ目のカバーは1945年5月Marinduque島差出のニューヨーク宛カバーですが、これは占領切手が郵便料金の支払いに使用された例と考えられます。おそらくMarinduque島は離島であり、切手(VICTORY加刷切手)の配給が遅れたので、残されていた占領切手を使用したのでしょう。(占領フィリピンの権威、故Garret氏の旧蔵品です。)

 

7)ジャワ 戦前実逓便

日本軍がバリ島に上陸する寸前の使用例です。ジャワ島Kalisatからバリ島に宛てた書留カバーです。日本軍がバリ島に上陸するのが2月19日、このカバーは2月14日引き受けです。裏に着印があることから無事に宛先にも届いたようです。

また、農耕3c切手貼りのカバーはジャワのSoerabajaからアメリカ宛の印刷物ですが、日付が大東亜戦争の開戦日です。このカバーは無事に届いたのでしょうか?

 

8)ビルマ 青色30c農耕…?

第7回で紹介した青色30c農耕切手とおぼしきものが出品されていました。

しかし、いざ手元に届いてみると光の加減で青色に見えるだけで、実物は濃い緑色であったようです。同様のものはいずれどこからか出てくるでしょうか??

 

9)ビルマ アンナ加刷 片方加刷漏れ

ビルマのアンナ加刷片方加刷漏れです。しかし、残念ながら字体が異なる偽物のようでした。

昭和切手へのビルマ加刷は偽物が非常に多く、最難関といっても過言ではありません。

 

10)スマトラ 楕円消印

スマトラでは一部の局で楕円形の消印を使っていました。本品はタパヌリ州のナタル局のものであり、使用切手も中々少ないものです。

 

11)フィリピン セブゲリラ切手シート

占領フィリピンで抗日ゲリラ軍が発行したとされるゲリラ切手は、1942年末頃から1943年前半にかけセブ島南部で発行されたと言われるセブゲリラ切手と、1943年11月から1945年8月にかけミンダナオ島北部で発行されたと言われるミンダナオゲリラ切手の二つがあります。セブゲリラ切手には2センタボ、4センタボ、16センタボ、20センタボの4額面があるのですが、2センタボと4センタボのシート(2x5の10枚シート)が6月の米国オークションに登場しました。結果、どうやら日本にやってきたようです。

次回は8月25日20時からです。

 

以下は話題に上がったマテリアルの画像です。

 

 

外国切手研究会 第65回Zoom例会レポート

2021717日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第65Zoom例会』レポートです。参加者10人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回紹介の続きで、ラトビア1927-33年シリーズの普通切手と同時期の記念特殊切手で、目打バラエティが存在するものを幾つか紹介。

19281118日発行の6種は、6 SANTIMI15 SANTIMU2種類の目打が報告されている、19341212-13日発行分は、基本目打はP10だが、40 SANTIMU以外にコンパウンドを含むバラエテーの存在が報告されている、1937914日発行分は、額面に対して目打が決まっている、これらのラトビア切手は、比較的安価なマテリアルにバラエテイが多く存在し、収集が楽しめるとの事。

2人目)ハワイ王国のスタンプレスカバーについて、切手のファーストイッシューは1851年のミッショナリーだが、切手発行後に使われた2通を紹介。

1通目、ホノルル局1859112日、サンフランシスコ局185835日、ロードアイランド州ブリストル宛、実は両局共日付が間違っている珍しいカバー、正しくはホノルル局1859212日、サンフランシスコ局185935、これらは当時船で運ばれておりそれらを調べた所、該当の船が無く日付が間違いと判明した、郵便料金10セント+キャプテンフィー2セント=12セント。

2通目、ホノルル局1860317日、サンフランシスコ局1860329日、”SHIP 6”の印はクラムシェルと呼ばれるサンフランシスコ宛にのみ使われたタイプで、コレクト料金6セントを表す物、このカバーも運ばれた船は判明している。

3人目)前回の続きで、APSAmerican Philatelic Society)のHPから無料でダウンロード出来る図入りアルバムページより、ミソニアン博物館編集のEveryCountryのページをダウンロードして利用してみた感想について。https://stamps.org/stamp-albums

世界エリア地域ごとの区分だが、最後の南極大陸や切手発行体行政区分(抜粋)などのページも興味深く、JPS発行の世界切手地図と照らし合わせて分類するのも面白そうです、実際に貼り込む切手は自分の好みで選択して、オリジナルな世界切手アルバムを作って行く過程を楽しめそうです。

4人目)メキシコ・ファーストイッシューより初期のシリーズを紹介、ファーストシリーズは1856年発行で無目打白紙、セカンドシリーズは1861年発行の無目打着色紙だが、これら切手の特徴は印面の左右何方かに発売された州名が加刷されている事、全体でどれだけの種類が有るか分からないそうです、セカンドシリーズの面白い使用例として、額面8レアルが半裁の4レアルバイセクト使用例、3/4にした6レアル使用例、1/4にした2レアル使用例、1/8にした1レアル使用例が有るとの事、後に発行されたシリーズでは、地名に変わり郵便局の番号や年号が加刷されたものとなる。

紹介者はメキシコ切手はセミクラッシックの方が好みとの事で、1934年発行航空切手も紹介、この中の20センタボス切手は発行枚数が僅か800枚で、非常に希少。

5人目)郵便史として数年前に作成した習作作品を紹介、ケダー州1942-1945年郵便史のワンフレーム作品ですが、今後も様々な理由で作り変える予定が無いとの事で、タイトルリーフと最終ページのみ紹介させて頂きます。

6人目)切手が題材の希少な漫画「キッテデカ」の紹介、作画担当はミスター味っ子で著名な漫画家、寺沢大介氏、2010年代連載で単行本全2巻、以下リンクでサンプルを読む事が可能です。https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/102994/

一般の漫画やアニメにも切手がゲスト的な話題として取上げられた事は有るが、この漫画は全話切手を題材とした漫画、ストーリーや題材の好みは別にして、収集家の視点でも切手の扱いは破綻しておらず、非収集家には理解されなかったり誤解されがちな切手について、漫画という題材で表現しており希少、残念ながら2巻で終わったのは、やはり読者の人気を得る事は難しかったと思われる、現在では上記のリンク以外でもAmazon等で電子書籍化されており、購読が可能です。

7人目)第2次世界大戦末期に押された、興味深いドイツのメータースタンプを紹介、ライプヒチで使われた物で戦勝記念記念碑が描かれている、1通目は194431日、2通目が1944531日だが記念碑右横のスローガンが無いタイプ。

このスローガンはゲーテの言葉で「ドイツを知らんと欲すれば、ライプヒチを訪れるべし」との事です、ライプヒチは第2次世界大戦末期に連合軍空襲で徹底的に破壊され、この言葉も使えなくなった為にスローガン部分を取ったと思われ、このような時期でも真面目な国民性を感じます。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第64回Zoom例会レポート

2021710日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第64Zoom例会』レポートです。参加者9人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回の続きで、南米チリのマテリアルを紹介、スタンプレスカバーはValparaisoSantiago宛、日付印は使われていないが、手紙の内容から1851327日と推測出来る、押されている局名の赤い消印は、”V”が少し短いタイプで、通常のタイプと分類出来る。

同国初期の切手は国王や女王ではなくコロンブスの肖像が特徴、大きな分類の要素として、印刷のシャープなロンドン・パーキンスベーコン社印刷とサンティエゴ印刷に分けられる、シェードや紙の分類、料金額面が模様の透かしも表裏正逆の4種類が有る、240面シート。

5センタボスはカバー9g迄の基本料金、10センタボスはカバー14.4g迄の基本料金だが、半裁のバイセクト使用例も比較的見かけるとの事。

2人目)PHILANIPPON 2021に出品予定の作品より、ドイツ・プロイセンのコレクションから4番目シリーズのミックスドフランキング使用例の解説、その為制作途中リーフの一部のみ紹介 、このシリーズはプロイセン初のパーフォレーション(ルレット)が入れられた切手で、1861年よりプロイセンが無くなる1867年迄使われた、PHILANIPPON 2021での発表が楽しみです。

3人目)前回の続きで、ハワイ王国1865年数字切手とアメリカ切手とのコンビネーションカバーなど、世界的に有名なコレクションから紹介。

1通目、5セント(SC#221枚貼、ハワイ島コハラ発、ニューハンプシャー州デリー宛、ハワイよりアメリカ宛基本料金の5セント切手のみ貼られていた為、14セントの不足料扱いになっているカバー、内訳はコレクト料金6セントのペナルティ2倍+キャプテンフィー2セント、その為ホノルル局1866101日の消印は、アメリカ料金支払済の赤い消印ではなく、通常の黒い消印が押されている。

2通目、5セント(SC#22)とアメリカ切手3セントと2セントとのコンビネーションカバー、ニューヨーク宛、ホノルル局186748日消、アメリカ料金支払済の赤い消印が押されている、3セントはアメリカ国内料金で2セントはキャプテンフィー料金、このようにそれぞれの切手が分けられて貼られているカバーは少ない。

3通目、5セント(SC#22)とアメリカ切手5セントとのコンビネーションカバー、サンフランシスコ宛、ホノルル局186678日消、受人はアドレスにCapitanU.S.Navyと入っており、比較的有名な軍人の方との事。

4人目)以前から紹介している、図入りアルバムコレクションで、アメリカ切手編に続く世界切手編の話題、切手はAPSAmerican Philatelic Society)の有料セミナーに申し込んだ時に頂いたプレゼントで、世界切手のパケットも入っていた。

このパケットの整理を考えた時、APSAmerican Philatelic Society)のHPには誰でも見る事が可能な上、無料でダウンロード出来る図入りアルバムページが有る、その中のEveryCountryのページをダウンロードして利用してみた。https://stamps.org/stamp-albums

ページ区分としては、1840年の世界最初の切手発行年から現在迄、かって存在していた切手発行国や分類を含めた採録で全132ページ、比較的自由に貼る事が出来るレイアウトとなっており、CHINAJAPANのページを見て頂ければ分かりやすいと思います、こちらもアメリカ切手同様、切手収集の基本的な知識と楽しさを体験出来る面白さ、ワクワク感が伝わりました。

5人目)前回紹介の続きで、ラトビア1920年以降のシリーズを紹介、 額面単位の初期はRUBLI、後にSANTIMILATになる、戦前のラトビアではメジャーな切手で1940年辺り迄使用されたが、RUBLI単位のカバーは少ない、この切手の面白さは目打の分類で多くの種類が有る、一部の切手には用紙の製造メーカーの透かしが入っている物が存在する、左右100面シート×2200面シート構成でガッターマージンを取る事が出来る、不足料扱いのカバーはロシア方式としては定番の、楕円形の印の中に不足料金が記入された物。

1927-33年発行のシリーズは使用例も豊富、白紙と着色紙のバラエテイは裏面を見ないと区分出来ない、尚この時期に発行された記念切手にも、これら普通切手に準じた目打バラエティが幾つか存在するものが有る。

6人目)PHILANIPPON 2021に出品予定の作品より、South Korea 1945-47の冒頭部分を解説、その為制作途中のタイトルリーフと一部のみ紹介 、日本切手の無加刷使用例に続き、ハングル文字が加刷されたタイプでは、スタンペックスジャパン2021に出品後、新たに入手したマテリアルやオリジナル研究等を加えての再構成途中との事、PHILANIPPON 2021での発表を楽しみにしております。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第63回Zoom例会レポート・後編

202173日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第63Zoom例会』レポート後編です。参加者13人中10人の発表で質疑応答が有りました。

5人目)香港の加刷切手の紹介、S.O.S.D.と加刷された3枚、10年程前はスコットカタログでも未掲載だった、記述によるとS.O.StampOfficeS.D.は印紙との事で1891年より93年に郵便に使用されたとあるが詳細は不明、又偽物も多いとの事で信用できる切手商より購入。

質疑応答より、当時の香港の印紙にはSTAMP DUTYと入った印が使われており、S.D.加刷をして印紙として発行された物が、何かの理由で一時期郵便切手として使用されたと思われる。

6人目)アラブ土侯国・アジュマンのスタンプレスカバーの紹介、1966723日、航空書留便で差出人はAJMAN POSTMASTER、受取人のBELMONT FARIES氏はAmerican Philatelic Societyの重鎮で雑誌の編集にも携わっており、土侯国が切手の団体や雑誌編集者に新切手案内などの郵便を出していたのではないかと推測できる。

アジュマンは196675日マナマに最初の郵便局を開設、1964年に最初の切手を発行したが、以前からロイヤルメールが郵便を管轄していた事もあり、そのまま2年間は継続していたと思われる。

7人目)最近某オークションで落札した、シエラレオネとトンガの変形シール切手を紹介、以前この例会でもトンガの実逓便が紹介された事もあり興味を持ったとの事、日本宛の実逓便も1通含まれており興味深い、世界的にも現在このジャンルは人気がありとても良いロットと思います。

8人目)自分のフランス初期作品より、冒頭のスタンプレス・カバーの部分を簡単に紹介、フランスで郵便制度が始まるのが1477年、ルイXI世が民間で行われていたのを接収したと言われる。

1627年は郵便料金という物が出来た最初の年、1725年から1730年に使われた郵便料金前納の最初の印、1762年にはGenova宛外信便も有った事が分かる、16日間しか使われなかった印、フランス革命時代のカバー、受取人払いの市内便、ナポレオン時代の軍事郵便カバー、第2帝政時代の植民地からのカバー、18481231日の郵便切手発行前日のカバーなど。

9人目)戦前の朝鮮半島発の絵葉書便を紹介、1通目、大道門を描く物、切手は裏面貼りで消印は不鮮明だが、表の不足料印より現在の北朝鮮・兼二浦と読める、1918(大正13)年1224日フランス宛、表にフランス語で印刷物と記入されているが局員の判断か認識出来なかった為、ハガキ料金8銭に対して4銭の不足料扱いとなっている。

2通目、関東大震災を描く物、朝鮮・金泉発ポルトガル宛、1通目と同じく差出人のR.E.C.D.が気になり調べてみると、海外オークションサイトdelcampeのニュースレターに記述が有り、当時の絵葉書と切手の交換会の頭文字で、フランスで191311日に設立されたという事も分かった。

10人目)最近入手の香港の官製ハガキと英国カバーをの紹介、実はこのFIELD POST OFFICE -1-の印は使用期間が僅か二日間しかなく、水原明窓の書籍にも紹介された事もある貴重な物。

スタンプレス・カバーを1通紹介、LONDONよりHONGKONGCanton宛、1848年の使用例だが、Cantonの郵便局は1860年代の開設の為、何らかの手段で逓送されたと思われる。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第63回Zoom例会レポート・前編

2021626日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第63Zoom例会』レポート前編です。参加者13人中10人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回紹介のラトビア・初期の合間に1種類だけ発行された10Kap.を紹介、1919.7.3発行そのデザインからライジング・サンと呼ばれるが、基本額面では無かった為か使用例は少ない、未使用は比較的残っており比較的安価。

用紙も1種類で無目打と目打11 1/2が有り、ガッターテートベッシュも存在するが、この切手の面白い所は定常変種の宝庫、少し大きなブロックなら、何某の分かりやすい変種が存在するのでお勧めとの事、ラトビア関連の資料としては、ドイツ語だがHOFFMAN Harry V.氏の書籍が非常に詳しく図版も豊富で分かりやすいそうです。

2人目)第61回の続きで、ハワイ王国1865年数字切手とアメリカ切手とのコンビネーションカバーで、世界的に有名なコレクションから紹介、ハワイよりアメリカ宛基本料金は当時5セントで、前回ペア貼りは3通確認されていると発表したが、その後の調査で4通の存在が確認されたとの事です。

1通目、5セント(SC#21)とアメリカ切手10セント3枚とのコンビネーションカバー、数字切手とのコンビネーションカバーでは唯一のプロシアン・クローズド・メール使用例、詳細は第53回後編や、The Philatelist Magazine4号の27ページより謎解郵趣で御本人が詳しく解説されており、一部紹介させて頂きます。

ここで、このプロシアン・クローズド・メールについて、説明をしておきましょう。 当時プロシアはドイツ・オーストリア郵便連合(German Austria Postal Union)に加盟をしており、そのメンバーはプロシア以外にも、オーストリア、ババリア、サクソニー、ウイルテンベ ルグ(Wurttemberg)、メクレンブルグシュベリン(Mecklenburg-Schwerin)、メクレンブ ルグスレリッツ(Mecklenburg-Strelitz)、オルデンブルグ、ブレーメン、ルクセンブルグ、ブラン ズウィッグ、リューベックおよびハンブルグがあった。 これらの宛先に手紙を送付する場合、ハワイはアメリカ本国を通じて手紙を送付するしかない のであるが、アメリカ本国とこのドイツ・オーストリア郵便連合加盟国との間で郵便を送付する 手続きとして交換局のニューヨーク局を介して郵便物の送付が1861年から行なわれたが、その郵便料金は前払いで28セント、後払いで30セント(collect paid)であった。 」

2通目、5セント(SC#21)横ペア2枚と1枚、アメリカ切手3セントと5セントとのコンビネーションカバー、このカバーは3倍重量便として15セント分の切手が貼られていると思われるが、アメリカ切手は8セント分の為2倍重量便扱いで詳細は不明。

3通目、5セント(SC#22)横ペア2枚とアメリカ切手5セントとのコンビネーションカバー、この5セント切手のコンビネーションカバーは現在12通が確認されており、(SC#21)に比べ圧倒的に少なくペア貼りとしては現存唯一の物、第61回でも同様のカバーを紹介したが、このカバーは2倍重量便として10セント分の切手が貼られているのでは無く、地方局発信でホノルルと違いアメリカ切手を購入出来ない為、その分を含めてハワイ切手で支払った使用例、ハワイ切手の上からアメリカ切手が貼られているのはその為。

4通目、1セントとアメリカン・バンクノート切手2セント2枚とアメリカ切手5セントとのコンビネーションカバー、5セント切手以外がコンビネーションカバーとして使用された現存唯一の物、この1セントは使用済自体が少なく、非常に希少なカバー。

3人目)以前から紹介している、アメリカ・ミステックスタンプ社で購入したアメリカ切手図入アルバムのカタログコレクションについての続報。https://www.mysticstamp.com/Products/Supplies/M8104/USA

切手パケットはAPSAmerican Philatelic Society)の有料セミナーに申し込んだ時に頂いたプレゼントで、貼り込み途中だが1番古い切手は1887年シリーズの普通切手、戦後の1954年シリーズ辺りはかなり揃っている、記念切手は1960年代頃から揃い始める、この頃から発行された連刷切手では、図案が独立している場合は別枠、連続している場合は同枠となっており、使用済を整理するのに適したレイアウト、又切手に対するの枠線が大きめの為、耳紙が付いていても切り離なくて良い、1978年のページは、郵便料金値上の可能性で額面が未定だった為、暫定的に”A”額面の切手や、コスト削減の為に実験的に1/3小さいサイズで発行された13セントなどが有り、見開きにその解説が有り便利。

日本ではJPSマーキュリーアルバムに相当すると思われますが、こちらはボストークサイズで値段もかなり安価、使用済み切手の回収率が高いアメリカでは入門にも復活組にも最適な選択のひとつと思われます。

4人目)最近例会でも盛り上りを見せているスタンプレス・カバーより、1851年チリの1品、同国のファーストイッシュー切手は1853年。

首都サンティエゴよりフランス・マルセイユ宛、消印などの情報より、パナマやイングランド経由と思われ、右下の手書き数字はフランスでの徴収料金42デシムと思われる、右上の手書き数字は1260だが詳細は不明、逓送ルートなどを質疑応答で解読。

尚、スタンプレスカバーは手書き数字の解読が必修だが、信用できるオークション誌などより、参考として幾つかの数字例を提示頂けました。

前編は以上で後編に続きます。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第62回Zoom例会レポート・後編

2021626日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第62Zoom例会』レポート後編です。参加者13人中9人の発表で質疑応答が有りました。

4人目)以前より収集しているベルリン救済強制切手Notopfer Berlinについて、使用済約200枚を入手、目視でも文字の細い太いが分かる切手が確認出来き、これから分類調査していく予定。

この切手に詳しい参加者より情報を提供して頂けました、米英占領地で1948−56年迄発行されたNotopfer Berlinはデザインで4分類、透かしが7種類、目打は無目打〜プライベート目打迄膨大に有り、それらの組合せやポジション研究を記したドイツ語専門カタログが有るとの事で、Peter Harlos著「Die Notopfer- und Wohnungsbaumarken 1948–1956」です。

ミッヘル専門カタログでも詳しく分類されているとの事、また仏占領地区でも米英占領地区への加刷や黄色の別デザインのNotopfer Berlinも発行されています、Webではこのサイトが概要を知るのに良いかと思われます。http://online.fliphtml5.com/immj/qvuq/#p=1

以上ありがとうございました。

5人目)ソビエト連邦・1965年発行のアルミ箔切手の紹介、当時のソ連の印刷技術では綺麗な物は余り無いとの事、このマテリアルは比較的良いコンデイション。

2種類で共に12面シート、当時のソ連の切手シートはもう少し多面刷りだった為、恐らく技術的な理由で小さめのシートになったと思われる、単片に切り離された切手はその材質からコンデイションが悪くなりがちで、状態が良い物が少ない。

6人目)前回紹介のPHILANIPPON 2021に出品予定の作品より、ドイツ・プロイセンのコレクション解説で、製造面のマテリアルを強化の為、150面フルシートからブロックを抽出予定だったが、コレクションの中に同等のブロックを所有している事を思い出したとの事、又この切手購入時に付いていたオリジナルとリプリントとの区別が記入されたメモも紹介、出席者より勿体無いとの声が上がっていた為、ほっとした方がおられました、PHILANIPPON 2021での全容紹介を楽しみにしています。

以前紹介の英領ギアナの1セントに続き、先日オークションで出品されて落札されたモーリシャスのPOST OFFICE 1ペニー切手カバーについて、詳細はスタンペデイアHPに掲載されていますが、やはりそのスタート値と落札金額には驚きでした。

http://stampedia.blog.fc2.com/

7人目)自由都市フューメのカバーを紹介、消印は19211016日、ローマ宛書留便、貼られているのはフューメ司令官ダンヌンツィオを描く切手だが、そのダンヌンツィオが失脚後に暫定政府の加刷がされた物、この加刷切手の実逓便使用は比較的少なく状態の良い一品です。

8人目)オーストリアを中心に収集している紹介者より、スタンプレス時代のカバーを紹介、1840年頃の使用例、スイス国境近くの地方都市ホーエネムス発、南フランス・アビニョン宛、美しいカバーだが比較的リーズナブルに入手出来たとの事、カバーに押されている印や記入されている文字から情報や逓送ルート、料金関係などを勉強しながら収集しているとの事、特に国境便は複雑で大変そうだが、それらを読み解くのも面白そうです。

他の方も各自スタンプレス関連の未発表情報を質疑応答で紹介、ドイツやポーランド、香港などのカバーを紹介して頂きました、今後も順次発表と勉強をしていけると思います。

9人目)アメリカ郵政のプレリリースより、第2次世界大戦時の日系人部隊の切手を紹介、真珠湾攻撃以降、差別されていた日系アメリカ人が国への忠誠心を誓う為、志願して勇敢に戦った第422連隊戦闘団を讃える切手、印面に描かれているGO FOR BROKEとはこの日系人部隊の合言葉で、全力で戦えとの意味になるそうです、日本でもっと紹介されて良いと思います。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第62回Zoom例会レポート・前編

2021626日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第62Zoom例会』レポート前編です。参加者13人中9人の発表で質疑応答が有りました。

今回は全日本切手展2021開催日との事で、冒頭に参加された方のお話が有り、会場の様子やリアルで見た作品の感想、ブース関連の話題などを聞く事が出来ました。

1人目)前回で反響の大きかった、アメリカのコイル切手について、1908年シリーズを例にした、プレゼンテンション形式で非常に分かりやすい解説をして頂けました、詳細は画像データを見て頂ければと思います。

製造面のポイントとして、1914年迄は平面印刷機だった為、一方向のみ目打を施した400面印刷シート(20×20400)を手作業で繋ぎ合わせてコイル切手を作成していた為にその貼り合せ跡が出現する、目打もシート切手と同じく12だった。

当時の需要に対して手作業では効率が悪い為に新型の機械が開発された、半分に切った200面印刷シートを繋ぎ合わせ、これをこの機械に入れると自動的に10本のコイル切手が出てくる物、ただし目打12では細かすぎて機械の中でちぎれる事がよく有った為、1910年から1914年迄は主に8 1/2という荒い目打が使われた。

但し余りにも荒すぎて切手をちぎりにくいという苦情が使用者から起こった為、1914年からは目打10に変更され、以降アメリカのコイル切手は全て目打10となりました。

コイル切手をさらに効率よく製造する為に輪転印刷機が開発され、1914年頃から使われ始めました、特徴として、実用版の継ぎ目にジョイントラインが切手と切手の間に現れ、横型コイルでは17枚目ごと、縦型コイルでは15枚目ごとに現れる、但し平面印刷機のコイルでも切手と切手の間にガイドラインが現れるものもあり、一見よく似ているので注意が必要です。

2人目)ラトビア・初期の切手を紹介、1918年発行の1番切手は、第一次世界大戦後にドイツ軍が残した軍用地図の裏に印刷されている事で有名、216面シートという中途半端な構成だが、素版の構成は5×525面、無目打と目打11 1/2が有り、1版と2版が有る。

1919年発行の2番切手も無目打と目打11 1/2が有る、これは100面シートだが、裏面は青いノート状の罫線が有り、シート上部は線無し、他は1本から3本の線が入っている、無目打×9 3/4の切手も存在するが、無目打シートの5段目と6段目だけ目打9 3/4が入れられており、エラーでは無いとの事。

1919年発行の3番切手の無目打は紙が少し薄いのが特徴、額面種類は増えたが実逓の使用済は少なく、使用できる期間や範囲が限定的だった為と思われる。

1919年発行の3番切手の目打11 1/2も紙が少し薄い、マージンが一部広い切手は5段目と6段目の間の特徴でエラーでは無い。

1919年発行の4番切手は無目打すかし有り、紙は厚くなる、このデザインの切手として最後にルーブル単位の高額切手が発行された。

尚、5Kap.には100面シートと110面シートが存在しており、第58回で紹介した新中国・文革切手のパターンと同じく、広く空いていた左側マージンの一列に10面を追加して再構成した物。

3人目)英本国や英領を中心に長年収集している紹介者が、ゼネラル用として数十年前にスコット図入アルバムの全英領を購入し今でも進行形との事。

その中のインド・エドワード7世の普通切手のページでは最高額面の25ルピーだけ未入手だった、インドでは非常に多くの公用切手が発行されており、その公用切手25ルピーは入手済、最近某国内オークションで状態の良い切手が出品されており是非入手したいとの事、ゼネラル収集の醍醐味、最後の1枚の入手する楽しさやワクワク感を紹介して頂けました。

前編は以上で後編に続きます。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第61回Zoom例会レポート

2021619日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第61Zoom例会』レポートです。参加者9人中5人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)第57回で紹介したカバーと同時に購入した物、当初郵便料金が分からなかったが、右下に書留ラベルが剥がれた後が有り、書留速達で差し出されたと思われ料金内訳が判明した、1942126日広州発、滋賀県宛。

ところが先日、ある関西の収集家もこれとほぼ同じカバーを所有されている事が分かり、切手の貼られ方が僅かに違うだけで、切手や受け人、日付や時間、ラベルが剥がれた跡も同一、おそらくラベルは剥がれたのでは無く、当初は書留速達で差し出そうとしたが、何らかの理由で書留扱いが出来ずにラベルは剥がされたが、切手はそのままで取り扱われたと思われる、同一郵便物が2通存在しているのは、法人間で何か重要な書類等が送られ、保険の為ではないかと考えられる。

2人目)ハワイ王国1865年数字切手とアメリカ切手とのコンビネーションカバーを紹介、ハワイよりアメリカ宛基本料金は当時5セントで、1セントと他の額面を貼り合わせたカバーが1通のみ存在する。

1通目、5セント(SC#21)とアメリカ切手5セントとのコンビネーションカバー、1865年インディアナ州リッチモンド宛、この5セント切手のコンビネーションカバーは現在43通が確認されているが、内4通はアメリカ切手が脱落しており、別の3通はアメリカ切手がオリジナルでは無い、ペア貼りは3通、単片2枚貼りは2通、 単片3枚貼りは2通となっているとの事。

2通目、5セント(SC#21)縦ペア2枚とアメリカ切手3セントと2セントとのコンビネーションカバー、1866年ニューヨーク州シャーマン宛、3通が確認されているペア貼りの内1通、このカバーは2倍重量便として10セント分の切手が貼られているのでは無く、発信地のハワイ島ヒロではホノルルと違いアメリカ切手を購入出来ない為、その分を含めてハワイ切手で支払った使用例、ハワイ切手の上からアメリカ切手が貼られているのはその為。

3通目、5セント(SC#22)とアメリカ切手5セントとのコンビネーションカバー、1866年ニューヨーク州コロンビアスプリング宛、この5セント切手のコンビネーションカバーは現在12通が確認されており、(SC#21)に比べ圧倒的に少ない。

3人目)第42回で話題の有った、スコットカタログではMESOPOTAMIAとして掲載されている地域のコレクションを紹介、同じ文章になりますが、歴史的には第1次世界大戦でトルコからイギリスが占領、国際連盟下で委任統治領となりイラク王国として独立国家となる、オスマントルコが残した切手にイギリスが暫定加刷した切手を発行、これらはバクダット加刷と呼ばれ、発行枚数も少なくわずかに10数日しか使われなかった為カタログ評価は比較的高価、余談として当時の国王ジョージ5世は切手収集家で、現地で切手を発行するのならコーナー田型を残しておく様にとのイギリス王室の親書が紹介されている。

次に発行された切手が、この台切手の印刷元で原版を所有しているイギリスのウイルキンソン社に無断で発注、そこに新たな加刷をしたもの、これらはイラク加刷と呼ばれ、継続的に使用された為カタログ評価は比較的安価。

今回紹介の切手はSC#42以降の物、オンピース使用済もイギリス占領軍が記念に作ったものと思われる、実逓便カバー2通はバグダット消、イギリス宛、カバーの大半が同様の発着か第二の都市モスル発。

少し変わった消印として、191998日、F.P.ONs102と入ったカバーも紹介、野戦局や軍事消ではないかとの事です、最後に紹介のカバーは前記カバーの3倍料金の切手を裏面貼、ドイツ宛航空便でこの時代の航空料金は比較高価だったと思われる。

4人目)アメリカ・1908年シリーズより3セントワシントンを紹介、このシリーズの特徴としてワシントンとフランクリン図案のみで主に刷色で分類、凹版と平版印刷、平面と転輪印刷、目打の分類と無目打、コイル切手、透かしの分類、印面のタイプなど、非常にバラエテイに富んでいるが、スコット専門カタログとJPSアメリカ切手図鑑を併用すれば理解しやすいと思います。

平面印刷と転輪印刷で分類、この3セントは2セントに比べるとタイプ分類も比較的少ないが、それでもこれだけの分類となる、非常に分かりやすく整理された物。

この1908年シリーズの私製目打コレクションを紹介、民間会社が自動販売機や自動貼付器用に無目打で販売されたシートに特殊目打を施した物、幾つかの会社とタイプに分けられる、古い雑誌よりコイル製造工程とイギリスでのコイル切手の製造工程の写真も紹介。

この1908年シリーズのプリキャンセルを紹介、地方型(現地加刷・加捺)に加え試行局型(印刷局製造時加刷)もこのシリーズでは一部使われた、プリキャンセルのカバーでは差出人住所の印刷が重要。

5人目)PHILANIPPON 2021に出品予定の作品より、ドイツ・プロイセンのコレクションを解説、その為制作途中のタイトルリーフと2リーフ目の一部のみ紹介、ドイツといえばバイエルンの一番切手が有名で、二番切手はザクセン、プロイセンは三番目だが、バイエルンやザクセンが凸版印刷だったのに対し、プロイセンはドイツ最初の凹版切手として発行された。

以前からのコレクションに対し、製造面のマテリアルを強化して再構成しているとの事でPHILANIPPON 2021での発表が楽しみです。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、興味の有るマテリアルを御持ちの方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

南方占領地切手コレクターズクラブ 第13回ZOOM例会レポート

南方占領地切手コレクターズクラブ 第13回ZOOM例会レポート
2021年6月23日 8:00PM~10:00PM 開催の『南方占領地切手コレクターズクラブ』のレポートです。
参加者は8名でした。
以下、話題に上がったマテリアルについて順番に記していきます。
1)フィリピン 占領前差出カバー
本カバーは1941年12月19日、すなわち真珠湾攻撃後に差し出されたものの、開戦のゴタゴタで送達できずマニラ郵便局に留め置かれたもののようです。日本占領後に日本軍の検閲
をパスして、宛先人に3回配達が試みられたものの、宛先人が見当たらず差出人戻しになっています。
同時にこの色の大日本憲兵隊検閲印は非常に珍しいものです。

2)マライ セランゴール農業博切手
この切手はよく見ると非常に面白い切手です。活字の組み方が位置により異なり、字の欠けや瘦せ細りなどがあります。画像のものは左切手のSELANGOR位置に段差ができているものです。

3)海軍地域 電信為替加刷
加刷字のバラエティの発表はされていませんが、今回変種の発表がありました。額面加刷のピリオドがコンマ状になっています。偶発の可能性もありますが、類似品の発表が待たれます。

4)ジャワ 無加刷使用
ジャワでは旧蘭印切手の多くが無加刷のまま使われました。本切手は使用例の少ない慈善切手のシートの使用例です。

5)海軍地域 バンジェルマシン暫定切手使用例
バンジェルマシン暫定切手の使用例は非常に少ないです。本品はKloeで差し出され、バンジェルマシンで検閲されています。しかし受取人不明でKloeに差し戻しになっています。

6)海軍地域 無加刷使用
海軍地域でも蘭印切手の無加刷使用例があるものの、錨加刷が発売される前に限られます。本品は新女王切手の小包証書(為替使用ではない)のオンピースであり、日付も読めるものです。
7)海軍地域 バンジェルマシン加刷 一部二重
加刷切手全般に言えることですが、手押し加刷のものは二重加刷の可能性があります。本品はバンジェルマシン加刷切手の二重加刷であり、大日本の字がブレています。

8)海軍地域 フィッシュフックに日の丸
海軍地域のフィッシュフック加刷は数が少なく、人気です。しかしごく少数フィッシュフックの上から日の丸加刷のなされたものがあります。

9)スマトラ 東海岸大日本枠付き切手 二重加刷
スマトラの東海岸州では大日本枠付き加刷がされましたが、しばしば二重加刷が見られます。本品は農耕2c切手になされています。

10)スマトラ 東海岸異形枠紫 切手
スマトラの東海岸州では異形枠と呼ばれる外枠が歪んだ加刷が見られます。しかしこの加刷は大部分が黒加刷で、他の色は非常に少なくなります。本品は一見すると普通の枠付き加刷ですが、下辺にゆがみの見られるものです。

11)海軍地域 小スンダ加刷
本切手は小スンダ諸島でなされた錨加刷が旧女王50c切手になされています。この加刷に限らず、旧女王切手の高額図案は大型図案であるため、人気が高いです。

12)スマトラ Membangmoeda使用
スマトラには変わった消印が多くありますが、東海岸のMembangMoedaでは日付の両脇が真っ黒に塗りつぶされた消印が使用されています。

13)スマトラ パカンバル?使用
スマトラの西海岸・リオ州の両州では女王図案の切手にバッテンの加刷を施して切手を使用しました。そのうちの一部の局では消印の地名を筆記具で抹消し、別の地名を書き込んでいるものが見られます。本切手はパシルペンガラヤンのもののようです。

話題は主に以上でした。
次回は7月28日午後8時からです。

 

外国切手研究会 第60回Zoom例会レポート・後編

2021612日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第60Zoom例会』レポート後編です。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

4人目)以前の続きでハワイ王国1871年発行バンクノートイッシュー6セント(SC#33)のアメリカ切手とのコンビネーションカバーを紹介。

1通目、6セント切手2枚とアメリカ切手5セントと10セントが貼られた2倍重量便書留カバー、6セントは当時ハワイからアメリカ迄の料金で15セントはアメリカ国内の書留料金、赤いストレートのREGISTERED印は幾つかのタイプに分類が出来る、これは最初期の物で現在6通しか確認されていない、1872年サンフランシスコ経由ミシガン宛。

2通目、6セント切手とアメリカ切手2セントと6セントが貼られた書留カバー、アメリカ国内の書留料金は値下げされて8セント時期の使用例、1874年サンフランシスコ経由サンデイエゴ宛。

3通目、6セント切手とアメリカ切手3セント2枚が貼られたカバー、この時期アメリカよりイギリス宛は5セントに値下げされており、アメリカ切手が1セント分加貼となっている、1875年サンフランシスコ経由スコットランド宛。

4通目、6セント切手とアメリカ切手6セントが貼られたカバー、3通目と同一のコレスポンデンスだが、やはりこの時期もアメリカよりイギリス宛は5セントで、差出人は長い間気がついていないのか1セント分加貼となっている、1878年サンフランシスコ経由スコットランド宛、サンフランシスコの中継印は先のカバーとは違うタイプ。

5通目、6セント切手とアメリカ切手5セントが貼られたカバー、3通目4通目と同一のコレスポンデンス、1881年サンフランシスコ経由スコットランド宛、ホノルルの表示印は紫色。

5人目)英本国インカミングカバー、私製ハガキをいくつか紹介。

1通目、1912年朝鮮GENSAN発、日本MOJI中継、U.K London宛、ハガキの上部にvia Siberiaと記入されており、わざわざ日本を中継してヨーロッパへ送られたルートについて何か情報があればとの事、質疑応答より、当時の朝鮮半島の鉄道網は半島西部や中部と違い、元山の有る半島東部は北上しても行き止まりでシベリア方面には接続していなかった、一度南下して門司まで出れば、当時の大阪商船会社が門司大連間の定期航路を持っており、そこから南満州鉄道とシベリア鉄道を利用すればパリまで運ぶ事は可能だったようで、到着印やヨーロッパの中継印が無いので推測になりますが、調味有るマテリアルです。

2通目3通目、1通目との逆パターンでイギリスより1913年朝鮮宛、1912年日本宛のハガキですが、やはりvia Siberiaと記入されており、朝鮮京城宛の方はその中継印より半島北部から推測できるルートで運ばれたと思われるます。

4通目、1907年日本熊本発、マンチェスター宛。

5通目、1909年在外局中国・大連発、ロンドン宛、横浜経由の印が押されており、1通目のハガキから考えると大連なら南満州鉄道とシベリア鉄道を利用すればヨーロッパへ向かう事は可能だったと思える為、当時の色々なルートや事情を考えさせられるマテリアルです。

6人目)ドナウ川汽船会社の切手について紹介、以前切手展に出品した事もあるが、この民間切手は4種類でかつ、未使用の現存数が極端に少なく、リプリントも有る為か世界的にも製造面でのコレクション展開をしているコレクターは少なかった。

最近海外オークションで鑑定書を取った上、未使用の大型ブロックやエッセイと思われるマテリアルを入手、製造面の重要な情報を得る事もできた為、伝統郵趣での構成を進めたいとの事でした。

7人目)韓国在住の紹介者にeBayで落札した郵便物が到着したが、検閲のような封印が有った話、検閲だったのか、間違えて開けられたのか、損傷が発生して補修されたのかは判らないが、今回のような郵便物は初めてとの事、収集家としては(中身に問題が無い事が前提で)、このような到着には興味が有ります。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。