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今週、開催予定の、オンライン郵趣例会

外国切手研究会 第23回Zoom例会レポート

2020926日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第23Zoom例会』のレポートです。参加者11人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)最近入手した日本切手貼外信カバー等より、気になるマテリアルを紹介。

1通目、魚介シリーズ2枚貼フランンス宛開封書状カバー、航空便風の封筒を使っているが料金は25円の船便、出席者よりアドバイスが有り、フランスの宝石商HEXACYCLINEが当時受人の興味を引く目的で他国から本国宛に送っていた開封封筒ダイレクトメールで、この封筒には幾つかバリエーションが有るとの事。

2通目、記念特殊切手10枚貼カメルーン宛航空印刷物カバー、合計額面は50円で適正料金、珍しい宛先の上、裏面に首都YAOUNDEの着印有。

3通目、普通切手3枚貼フランス宛航空便絵葉書、1972年の札幌雪まつり時に送られた物で、SAPPORO’72冬季オリンピックの宣伝入、この当時第3地帯宛航空便ハガキは55円だが70円分の切手が貼ってあり料金の詳細は不明。

4通目、大阪万博小型シート他貼スイス宛航空便カバー、小型シートをそのまま貼ったカバーは好きなマテリアルだが、戦後すぐの物は非常に高価なのでこの辺りを無理せず集めて行きたいとの事。

5通目、国際児童年のFDC、カシェのデザインやスローガンに気になる点が有ったが、出席者のアドバイスでほぼ解決しそうです。

2人目)アメリカ1861年シリーズの続編、このシリーズは1851年シリーズに比べ製造面のバラェティが少ない為、コレクションに変化が付けにくいとの事。

5セント・ジェファーソンの紹介、版番号171種類だけで製造されたが、2種類の大きなシエード違いが有る、改色扱いでカタログメインナンバーでも区別されており、最初の色は約175千万枚、1862年改色の方は約700万枚の製造で最初の色が圧倒的に少ない。

10セント・ワシントンの紹介、TYPE1とTYPEⅡの版違いが有るがTYPEⅡの方出現は早い、TYPE1の方が少なくカタログ値もかなり違う。

12セント・ワシントン、15セント・リンカーンは共に黒色印刷、製造面変化は少ないがやはり1867年からグリルが施されて発行された。

24セント・ワシントンはふじ色で印刷の為シエードバラェティが多い、全部で5種類有るとの事ですが4種類を紹介、中でもSteelBlueと呼ばれる刷色は非常に少ない。

カバーは5セント3枚貼15セント、15セント1枚貼共にフランス宛を紹介、15セント貼カバーには ”ボストンより蒸気船GABA” の書込有り。

3人目)ルーマニア・クラッシックカバーを2通紹介、1通目は長年切手を対象としたゼネラル収集をしている中、20年程前に最初に購入したカバーで1866年切手の1通、年号不明109日首都ブカレスト消、宛先はJeverin?と読めるが現在の該当地が無く不明、Severinか?着印も無くこれ以上調べられず20年所有しており、ルーマニア関係に詳しい方、情報やヒントをお持ちの方がおられましたら宜しくお願いいたします。

2通目、1862年発行の2枚ペア貼カバー、年号不明412日クラヨバ消、宛先は?ykypeu?と読めるが最初のカバーと同じく解読推測出来ない状態で長年所有、こちらも情報やヒントをお持ちの方がおられましたら宜しくお願いいたします 。

4人目)スイスクラッシックよりジュネーブカントンについて、スイス連邦は1850年に共通切手を発行したが、ジュネーブは通貨単位がサンチームで他のラッペンを使う地域と違っていた為に独自の切手発行が続けられた。

スイス連邦は18521月1日に通貨統合を行う事になった為、18511225日より31日にかけて一時的にラッペン通貨の切手はベルン中央郵便局に引き上げられた。

その為この期間ラッペン通貨切手の使用例は非常に少ないが、スイスの切手商で18511229日使用例のカバーが鑑定書付きで販売されており、以前より探していた事と相場より安価だった為入手したが到着後その理由が分かった。

このカバーの後ろは全く別のカバーと貼り合わされており、実は説明文にもドイツ語でそれらは記載されていた、フロントカバーという事で少し残念だがそれでも貴重なカバーには変わり無く、今後も入手出来るかは分からない為、国際切手展出品マテリアルとして活用の予定。

5人目)前回からの続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、25セント切手カバーコレクションの紹介、25セントは外国宛2倍重量便書留リターンレセプト、外国宛3倍重量便書留、外国宛5倍重量便等に相当。

1通目カバー、消印は読み難いがカウアイ島コロア局受付の最初期書留カバーで、ホノルル経由ドイツ宛2倍重量便書留リターンレセプト、又ニューヨークの書留ラベルの下に押されている赤い写字体のRegistered印だが、現存10通以下と言われている貴重な印影との事です。

2通目カバー、ホノルル受付のドイツ宛2倍重量便書留リターンレセプト、1通目とほぼ同時期でこの辺りのカバーはドイツ宛が多いとの事、ドイツ語の書留を表す赤い印鑑は1通目とは違うタイプ。

3通目カバー、合計1ドル85セント分切手貼、A4相当の大型でアメリカ・シアトル宛訴訟書類書留カバー、書留料金10セント+35倍重量便1ドル75セントで25セント最大枚数貼カバー、裏面に記載の発信人エドモンド・ピアソン・ドール(Edmund Pearson Dole)という人物は当時のハワイ法務長官代理人で、ハワイ共和国初代大統領やパイナップルやババナでお馴染みの Dole Food Company設立者も従兄弟にあたる方。

4通目カバー、 ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー全7種+1種貼カバー、キラウエア局受付ホノルル経由、オーストラリア宛重量便書留リターンレターンレセプト、合計57セント分切手貼、8倍重量便と思われるが2セント分料金超過、オーストラリア方面のカバーは少ない。

3人目その2)4人目の方の発表に応答して、自分のコレクションからスイスクラッシックカバーを紹介、1850年発行切手2枚貼バーゼル発ローザンヌ宛、美しいカバーで良い一品です。

6人目)スイス不足料切手について、先日スイスのオークションに出品されていたマテリアルで残念ながら落札出来なかった物、1924年スイス・ザンクトガレン発リヒテンシュタイン宛の絵葉書で、スイスのサードシリーズ不足料切手が貼られ、リヒテンシュタイン・エッシェンの消印が押された使用例。

1921年頃からの短い期間、リヒテンシュタインは郵便事業をスイスに委託していた時期が有り、これはその使用例、リヒテンシュタイン・エッシェンの消印もスイスタイプの物。

元々リヒテンシュタインはオーストリアに郵便事業を委託していたのだが、第一次世界大戦後スイスに委託変えしたという経緯が有る、リヒテンシュタインの不足料切手も1920年に発行されており、この辺りの関係はよく分からないとのコメントです。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

南方占領地切手コレクターズクラブ 第5回Zoom例会レポート

2020年9月23日 9:30PM~10:40PM 開催の『南方占領地切手コレクターズクラブ』のレポートです。
諸般の事情でイレギュラーな開催時間となりました。参加者は7名でした。

以下、話題に上がったマテリアルについて順番に書き記していきます。

1) 海軍地域 ロンボック太陽加刷切手 封書使用
蘭印の数字5セント切手にロンボック太陽加刷のなされた縦ペアの封書使用です。ロンボック島のアンペナンからジャワのスラバヤ宛てであり、ただでさえ稀少な太陽加刷の封書使用という珍品です。過去の海外オークションで当該マテリアルが100万円相当で出品されたことがあります。
2) 自由インド 1R+2R プルーフ
通常、自由インド仮政府切手1R+2R切手は黒・橙・緑色で印刷されていますが、当該マテリアルは黒色部分が紫色で印刷されているものです。

今回は主に現在開催中のオークションの話題が中心となったため、話題は以上でした。

次回の開催は10月28日水曜日、21時からです。

以下は上記マテリアルの画像です。

 

日本国際切手展2021 PHILANIPPON’21 参加54ケ国のコミッショナーを公開

日本国際切手展2021は、2021/8/25-30に開催される世界切手展(FIP展)ですが、このほど、同実行委員会が参加54ケ国のコミッショナーの写真を公開していることがわかりましたので、ご紹介します。

PHILANIPPON 2021 コミッショナー一覧ページ

これによりますと日本を含めて世界54ケ国からコミッショナーがエントリーされていることがわかります。今後追加で参加を検討する国もあるでしょうからまだ増える可能性もあります。

外国切手研究会 第22回Zoom例会レポート

2020919日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第22Zoom例会』のレポートです。参加者13人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)イギリス1841年発行2ペンスブルーコレクションの紹介、1840年発行2ペンスブルーは発行枚数約640万枚で発売期間は約1年だった、違いは下部  “TWO PENCE” の額面文字の上部に白線が入った事で透かし等の変更も無し、発行枚数約1億500万枚で発売期間は約13年、3版と4版が有り発売期間が長かった割には印面バラェティも少ないが、コーナーレターの分類やそこに生じたバラェティ、消印の分類などが楽しめる。

1通目のカバーは代表的な2倍重量便だが、1840年発行2ペンスブルーが比較的残っていた為、1841年の初期使用例は入手が困難との事で貴重な1品です。

2通目のカバーは2倍重量便書留で4枚貼り、1848年迄は書留料金の納付は現金だった為、基本料金のみ切手が貼付された物が多いが、収集家としてはやはり全額切手で納付された使用例が好ましいとの事。

2人目)前回からの続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、12セント切手カバーコレクションの紹介、12セントは島内間書状料金2セント+書留料金10セントや外国宛ハガキ料金に該当。

1通目カバー、ホノルル発、オアフ・ワイパフ宛島内間書留カバー、差出は前回紹介のカバーと同じくYOKOHAMA SPECIE BANK、ワイパフは砂糖のプランテーションがあった町で、受人は S.Kira (吉良) となっており移民系の日本人の方と思われる。

2通目、ホノルル発、サンフランシスコ経由ドイツ宛絵葉書の書留使用例、15セント分の切手が貼られており書状料金と間違えたのかもしれないが詳しくは解らない、Aloha Nui” と呼ばれる有名な絵葉書が使われている上、ハガキの書留使用例は極めて少ないとの事。

3通目4通目、共に4枚貼アメリカ経由の外国宛書留重量便、3通目はロンドン中継モンテネグロ行A.R(受け取り証明 Return Receipt)、4通目はドイツ行で同じホノルル局引受けだが、書留の赤い ”R” 印が違うバラエティ、同一切手4枚貼カバーは入手が難しい。

3人目)西サモアから日本の千葉宛書留便を紹介、フィラテリックなFDCと思われるが1939829日消印の太平洋戦争も近い時期、裏面はハワイ・ホノルルの中継印、受人と思われる到着日書き込みも有り、当時西サモアからハワイ迄は約一ヶ月、ハワイから日本迄は約半月程の日数という事が分かり興味深い。

宛先の住所は 83 Ichiba Chiba, とタイプされており、現在の千葉県千葉市中央区市場町と思われる。

4人目)アメリカ1861年シリーズの続編、このシリーズが発行された背景としては1861年に勃発した南北戦争の為で、南部のアメリカ連合に資産として残っていた膨大な前シリーズ迄の切手を無効にする為、新しいシリーズの切手を発行せざるしかなかったとの事、と話をさせて頂いたが、実際に無効とされた使用例のカバーを資料として3通紹介。

1851年シリーズの切手に対し、”OLD STAMPS NOT RECOGNIZED” の印鑑が押されて無効扱いとされている、すべてフィラデルフィア局扱いで、特に1通目は使用禁止扱いとなった初日のカバー、3通目は石川良平コレクションコレクション集より、1851年シリーズ1セント1枚と1861年シリーズ1セント2枚が貼られた国内書状基本料金のカバーで、1851年シリーズ1セントのみ無効扱いとなったカバー、1通目と2通目のオークション落札価格から考えると、この3通目のカバーの値段はとても想像出来ません。

1861年シリーズ1セント・フランクリンの紹介、印刷物やドロップレター料金に相当、実用版は5版で約14千万枚発行、青色印刷の為シェードは色々有る、1867年からグリルが施されて発行された。

2セント・ジャクソンはこのシリーズでも異色の出来で、顔が非常に大きく描かれており、黒色印刷の為 ”ブラック・ジャック” の愛称が有る、郵便料金の改定で距離制の廃止やドロップレター料金の値上の為発行された、 実用版は7版で約26千万枚発行、同じく1867年からグリルが施されて発行された。

5人目)前回フィリッピンのゲリラ切手6枚ブロック貼カバーの話が出たが、この切手を収集され昨年のJAPEXに作品を出品された方より、切手の概要と作品を解説して頂けました。

ゲリラ切手発行の目的としてはプロパガンダ的な要素が高く、太平洋戦争当時の日本軍が占領していたと言われているフィリッピンにおいて、全エリアに日本軍の勢力が及んで無かったという事実をアメリカ軍がPRする為で、切手としての効力は特に無かったと思われる、尚このような目的を持った切手は他国や他組織でも発行されている。

尚、フィラテリストマガジンJAPEX2019別冊では作品解説、フィラテリストマガジン第25号付録では作品全リーフを見る事が出来ます。

6人目)第15Zoom例会でほぼ解決した旧中国切手に押された “HMCG” 印についての補足、有る方から情報を頂き、本来 “HMCG” 印には押印規定が有りこの印は切手右上に斜めに押す事、そして切手と封筒に印が掛かる様(タイする様)に押す事という規定だが、自分のコレクションや元ネタの写真等を見ても完全にそうなっている使用例は無い、この規定は完全には運用されておらず、切手には前もって HMCG” 印が押されていたのではとの見解です、この切手は1951年頃迄使われていたらしく、新中国成立後も残っていたとは少し驚きましたとの事です。

2人目)その2、先ほど話の出たハワイ・ホノルル局、書留の赤い ”R” 印のバラエティについて、同局では3種類の印が使われている事が分かった、メイ&ハリスの分類番号が振られており、使用時期が重複している期間も有る。

追加情報)前回発表、ユーゴスラビア1932826発ツエッペリンカバーについて、ユーゴスラビアの受付郵便局は不明、三角形の航空郵便?の消印はユーゴスラビアのツエッペリンカバーによく使用されているらしいが、キリル文字も使われていて詳細は分からないとの内容でしたが、お二人の方より情報を頂きました、ありがとうございます。

「ユーゴスラビアのカバーについて、切手に押されている消印の詳細は分かりませんが、
書留ラベルにも書いてるとおり局名はゼムン(現在のベオグラードの一部)では?
お気づきの方もおられるでしょうが、一応コメントしときます。」

「図版ではよく見えませんが、3角形の印はZemun第5局の航空便用消印ではないでしょうか?
ЗЕМУН 5 / ZEMUN 5 / 日付 / Avionom – Par Avion」とでも書いてありませんか?
局名のところがザグレブ(Zagreb)のものはよく見かけるようですが、Zemunは少ないかもしれませんね。
中央に押された1932年8月28日の印は、ちょっと見では「HAMBURG」に見えます。
航空便の場合はたいてい「Berlin C2」局の中継印が多いのですが…。」

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第21回Zoom例会レポート

2020912日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第21Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回の続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、10セント切手カバーコレクションの紹介、10セントは外国宛2倍重量便や書留料金に該当。

1通目カバー、ホノルル発アメリカ・オレゴン州宛カバーは受人の ”bishop” から宣教師間の物と思われる。

2通目カバー、ホノルル発、ホノウリウリ宛島内間書留カバー、書留料金10セント+島内間料金2セントで切手は次のUPU改色切手、差出はYOKOHAMA SPECIE BANK、カバー右上と左下が当時のコロナ対策でカットされている。

3通目同シリーズ4種貼、4通目10セント3枚貼は共にホノルル発アメリカ向重量便書留カバーだが、ホノルル局消印の色が違うバラィテイ、3通目のパープルの消印はかなり少ない、4通目の同一切手3枚貼カバーは入手が難しい貴重な一品。

情報として、現在アメリカのオークションに出品されている、フィリピンのゲリラ切手6枚ブロック貼カバーの話、6枚ブロック貼カバーは現存1通と言われている、逓送ルートはフィリピン1945年1月→オーストラリア→(アメリカ軍用機で運ばれ)ペンタゴン→受取人1945年4月20日。

2人目)アメリカ1861年シリーズ、このシリーズが発行された背景としては1861に勃発した南北戦争の為で、南部のアメリカ連合に資産として残っていた膨大な前シリーズ迄の切手を無効にする為、新しいシリーズの切手を発行せざるしかなかったとの事。

Toppan,Carpenter&Co. 12セント、24セント、90セントの魅力的なDie Essayを紹介。

国内書状基本料金の3セントの紹介、約178千万枚発行で実用版は24版有り、シェードの分類はピンクとローズに大きく分けられる、ピンクは初期に約10万枚のみ発行で非常に少ない、このシリーズは1867年からグリルという用紙に突起を付けて消印を取り去りにくくする加工が施されて発行された。

カバーは2通紹介、1通目は消印に年号が入っているこの当時は少ない物、2通目は戦争中だが北部から南部へ宛てられたカバーと思われる。

南部のアメリカ連合1861年発行5セントと10セントカバーの紹介、南部は工業力が乏しい為、北部のように全ての切手を凹版印刷で製造する事が出来なかった、当初は書状基本料金が500マイル以下5セント500マイル超が10セントだったが、後に全て10セントとなった。

3人目)ユーゴスラビア1932826発ツエッペリンカバーの紹介、ドイツ・フリードリヒスハーフェン1932912日中継印、ブラジル・リオデジャネイロ1932916日着。

フライト記録から運ばれた便は分かっているが、ユーゴスラビアの受付郵便局は不明、三角形の航空郵便?の消印はユーゴスラビアのツエッペリンカバーによく使用されているらしいが、キリル文字も使われていて詳細は分からない。

人気の有るドイツやアメリカ、ロシアのツエッペリンカバーに比べ情報が少ない為、裏面に貼られたラベルや人名の印鑑等不明な点も多く、言葉や住所等も現在では変わっている可能性も有りますが、何か情報をお持ちの方宜しくお願いします。

4人目)ポーランドの書留使用官製ハガキの紹介、ワルシャワ第2局引受けのクラカウ宛、現在はポーランド領だが、この当時はオーストリア領で外国宛扱いになり、その為か最初にワルシャワ第2局で貼られた国内用?書留ラベルの上から、海外用?書留ラベルが貼られた使用例。

最初に貼られた書留ラベルはキリル文字のRが使われている物、その上に貼られた書留ラベルはUPU規定のRの文字入り、”Varsovie”とはワルシャワのフランス語表記で、書留引受け番号は最初のNo36が活かされていると思われる

紫色の消印はワルシャワ出張第1局の消印で、外国便は一度此処で集められてから処理されたとの事。

1947年中華民国発行・アメリカンバンクノート社印刷の切手についての話、使用済が少ないのは当初の計画より1年以上遅れて発行され、その間にインフレが進み郵便には使用しにくくなった為、未使用もバラィティは少ない為か安価。

JPSカタログよりこの切手の印刷シート構成は300面(50面シート×6)と分かる、カラーマークを手掛かりに、手持ちの30050面シート5枚で合成した300面フルシート想像図を紹介。

5人目)スーダンの切手を真似た、CAMEL POSTというシンデレラ切手の紹介、バーレーンのラクダ図案の切手3枚、戦争税切手1枚と共に貼られたコンビネーション風カバー。

切手としての効力は無く、障害の有る子供の世話をする団体施設に送る寄付を集める目的で発行されたもの、1986年から1990年頃に同じ図案で色違いが数種類発行されているらしい。

CAMEL POSTという名前から、TINCAN MAILの様な特別な運ばれ方の郵便を想像したが、そういう物では無かったとの事。

6人目)モーリシャス初期コレクションの紹介、1847年発行 ”POST OFFICE”は余りにも有名だが、次の1848年発行 ”POST PAID” 切手と、その次の通称 ”Britania” 切手の後に石版印刷で発行されたビクトリア女王図案切手の紹介、マージンや印刷、消印の状態も良くお気に入りとの事、とても良い一品でした。

フランス50サンチーム貼1917年3月のカバーを紹介、VERTON差出の書留便、受取はBritish Expeditionary Foece, 第1次世界大戦時のイギリス海外派遣軍基地宛フランス国内便カバーで、表面と裏面の情報から色々調べている所だそうです。

7人目)6人目のモーリシャス1848年切手から、自分のコレクションとの比較で少し紹介、1ペニー3枚ストリップ貼カバーは退色の様に思えるが、もしかするとインクの酸化かもしれないとの意見、某スタンペディア機関紙にインクの酸化した切手の復元方法が記事として載ってましたが、このカバーで試すには勇気が要りますね。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

(追伸)次回例会には、占領フィリピン専門収集家(国際展出品者)の鏑木顕さんが参加し、作品を解説予定です。

スタンペックスジャパン2021の開催について

当協会と公益財団法人通信文化協会(郵政博物館)は、競争切手展を、来年4月開催することを本日午後5時に発表いたしました。

展覧会の概要

会期:2021年4月10日(土)~13日(火)
会場:郵政博物館(東京都墨田区・東京スカイツリータウン内)
規模:100フレーム
主催:(特非)郵趣振興協会 /(公財)通信文化協会(郵政博物館)
協賛:スタンペディアプロジェクト
後援:カルトールセキュリティプリンティング社、切手市場、
(一社)全日本郵趣連合、株式会社鳴美、(公財)日本郵趣協会(50音順)
HP:http://kitte.com/stampex2021

当協会は、非競争展である「郵博 特別切手コレクション展」の運営に加えて、全国切手展『スタンペックスジャパン』を開催することにより、フィラテリーの振興を図って参ります。

WSC<INDONESIA2020>の再延期。2022/8/4-9に。

特定非営利活動法人 郵趣振興協会は、活動の一環として、国際切手展情報の充実に注力しています。

WSCは、当初2020年8月6日から11日まで開催予定でした。3月下旬に会期を11/5-10に延期しましたが、同日程での開催も困難になり、8月31日に2年延期することを発表していました。

昨日9/9に新しい日程が2022年8月4-9日となり、展覧会名称がINDONESIA 2022になる事が発表されましたのでご案内します。なお、同展覧会の実行委員会のホームページは七月ごろからつながらなくなり、現時点でも繋がりません。一次情報の入手に手こずりますが、FIPが発表したので、こちらに掲載することにしました。

IBRA、延期した2023年の開催日を決定。今後の名称はIBRA 2023に。

特定非営利活動法人 郵趣振興協会は、活動の一環として、国際切手展情報の充実に注力しています。

7/28に当協会HPでご案内した、IBRA 2021(当初開催予定期間2021/5/6-9)の2023年への延期についてですが、昨日9/9に、延期日程が、2023/5/25-28に決定した旨が発表されました。

開催地は当初と同一会場(Messe Essen、ドイツ エッセン)ですが、展覧会名称はIBRA 2023に変わり、同時にホームページも以下のアドレスに変わりました。
www.ibra2023.de

今なら両方のHPを見る事ができます。

IBRA2021

IBRA2023

外国切手研究会 第20回Zoom例会レポート

202095日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第20Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)英本国1864年発行ペニーレツド目打有コレクションを紹介、この切手の特徴として、今まで下の2角のみだったコーナーレターが上下4角に、印面に版番号が入れられるようになった事、71版から始まり225版迄有る、その中で77版は世界に数点しか存在が知られていない珍品。

使用済リーフは局名が読めるものを整理した見応えの有るコレクション、大きなブロックは本国でも人気が有り入手は中々難しい。

カバー類は日本・江戸(Yedo)宛外信使用、最終225版1枚貼適正使用、ポルトガルリスボン行外信使用、オックスフォード大学の非公認私製加刷切手(O.U.S)カバーを紹介。

2人目)1848年ジャワ・バタビア発、フランス・ボルドー行スタンプレスカバーの紹介、紅海を抜けてアレキサンドリア経由、地中海を抜けてマルセイユ経由、到着迄57日を要している、前回発表 の ”Landmail” カバーは1846年オランダ・アムステルダム発バタビア行で54日を要していた為、このカバーと同様なルートで運ばれたと思われるとの事。

航海ルートが記載された資料により、逓送ルートが分かりやすく一目瞭然でした。

3人目)ロンバルディ・ベネチアの印紙の郵便使用カバーの紹介、18566月4日ベローナ発、英国では切手と印紙が共用の時期が有り諸外国でも同様の使用例は有った、日本でも南方占領地では昭和切手が印紙として使われた事も有った。

当時オーストリア支配下にあったベネチアが印紙として発行したものだが、交付された法律の指示書が分かりにくかった為、間違って郵便使用された珍しい物。

この印紙の製造面で面白いのは、中央数字部分の印刷が凹版と凸版の物が全ての額面に存在し、これは30センテジミが凸版印刷、15センテジミが凹版印刷で両方の印刷形式が混在して郵便使用されたカバーとして唯一確認されている物。

1人目で紹介の有った英本国1864年発行ペニーレツド目打有77版の話、今までの発見件数は未使用4点使用済5点で計9点、スコットカタログでは未使用は評価無し、使用済評価約2000万円となっている、未使用の内2点は博物館に入っており、残り2点も100年以上市場に出ていない為と思われる。

使用済1点も博物館に入っており2点も同様に市場には長く出ておらず、残り2点は2012年と2016年に恐らく投資目的で購入したと思われるジャージーの会社から2019年にオファーを受けたという話でした。

この77版の切手が非常に少ない理由は、比較的多く製造されたにも関わらず、大半が目打施工や製造に問題が有り殆ど市場に出なかった為と記事に書かれていたとの事、コーナーレターが ”M I” の切手を見ると下部の目打施工が悪いのが分かります。

4人目)前回の続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー5セントコレクションの紹介、外国宛基本料金で最初のリーフはタウンキャンセルコレクション、郵便局名下部の番号は、メイ&ハリスの書籍の消印番号。

単片貼アメリカ宛カバーを2通紹介、下部のカバーは19858月1日発ニューヨーク宛だがマサセッチュー州に転送されている、受取人はドクターらしく時期と転送先から避暑地に行った受人に転送されたカバーではとコメントが有りました。

アメリカ切手とのコンビネーションカバーは2倍重量便で10セント分貼、アメリカ到着後に5セント切手が貼られスコットランド・エディンバラに転送、裏面に中継印や到着印が押されている、このシリーズのコンビネーションカバーは少なく貴重な1品。

複数貼アメリカ経由ドイツ宛カバーを2通紹介、2倍重量便と2倍重量便書留カバー、単一切手の複数枚貼カバーも入手以外とは困難。

16枚貼カバーの紹介、アメリカ経由フランス宛13倍重量便の書留カバーで計80セント分貼、裏面に中継印や到着印が押されている、現在確認されている単一切手の最大マルチプル貼カバー。

ドイツ宛カバーとフランス宛カバーは共にアメリカ・ニューヨークの書留ラベルが貼られている、ハワイでは書留番号が合わさった書留印が使われているが、これはUPUで外国宛書留郵便物は書留ラベルを貼付する規定が有った為と思われる。

5人目)昔に購入したツエッペリンカバー、詳しく覚えていないので今回調べ直した情報を紹介、左上印鑑の飛行船番号(LZ127)から多くの郵便物を運んだグラーフ・ツエッペリン号と分かる、1929年のオリエント飛行、パレスチナ・ハイファ行カバーで、この飛行船は霞ヶ浦に来た事も有り比較的日本でも知られている。

情報によると、ミッヘルのツエッペリン専門カタログによると、左下のスフィンクスとピラミッドが描かれた印鑑は、レッドパープルとブラックレッドのタイプ違いが有るそうです。

6人目)アメリカ1851年シリーズ目打有1セント ”ブルー・フランクリン” タイプ5より、目打がずれて左印面に銘版が入った切手を紹介、ずれがこれ程大きいのは珍しくまるで印面デザインのようになっているのが面白い。

アメリカ初期記念切手コレクションの紹介、1883年世界コロンブス博覧会記念は16種セット中14種が揃った物、高額の4$と5$はアメリカ記念切手の中でも最難関と知られ入手は難しい。

1898年トランス・ミシシッピ博覧会記念切手9種セット、当初2色刷の予定が南北戦争の関係でコロンブス博覧会と同じく単色刷となった、1$の牛の図案はアメリカらしいデザインで高価だが人気のある切手。

1901年パン・アメリカン博覧会記念切手6種セット、アメリカ記念切手初の2色刷でトピカル収集家からも人気が高い、1セントと2セントには中央部が逆に印刷されたエラーが有る。

1912-13年発行小包切手12種セット、トピカル収集家からも人気の有るデザインだが、同一サイズ同一刷色の切手は間際らしい、間違いやすいと現場からは大変な不評だったそうです。

7人目)前回他の方が発表されたオランダ本国、1872年5セント(SC23)キングウイレム3世のカバーの件(システムエラーで前回は画像無しでした、ありがとうございます)で少し調べさせて頂いた事を発表されました。

地図から読む逓送ルートの他、AMERICAN SOCIETY FOR NETHERLAND PHILATERYというサイトの紹介。

http://www.asnp1975.com/

このサイトのBackIssuesでは1975年から始まる過去の会報を見る事が可能で、このシリーズの詳細な記事を何点か見つける事が出来た、非常にバラィティの豊富な切手という事も分かる、英語で書かれている件も有難いと思います。

更にはIndexを見ると蘭印の記事も有るようで、今後非常に参考や勉強になるかもしれないという参加者の意見でした。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第19回Zoom例会レポート・追加分

2020829日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第19Zoom例会』の追加レポートです。4人目)の記述で一部勘違いや間違いが有ったのと、消失分の画像データも再投稿頂いたので今回と差替えて頂けると幸いです。

4人目)前回他の方から発表された、アメリカ1851年シリーズの最高額面90セントのカバーについて、使用例が10通も無いと言われていたが確認されている物は6通ではないかとの事、その中から4通を紹介して頂きました。

1通目、1861126日ニューヨーク発、スエズ経由マルセイユ行、1ドル32セント分貼。

2通目、イギリス経由喜望峰行、1ドル32セント分貼。

3通目、ニューヨーク発、イギリス経由上海行、1ドル68セント分貼。

4通目、国内使用3セント基本料金の30倍重量便で90セント1枚貼。

ホノルル発アメリカ行カバーを2通紹介、10セント1枚貼と、1セントペア貼と10セント1枚貼、ハワイ~アメリカ東海岸までの料金は17セントで17セントをハワイでは現金で支払い、到着したサンフランシスコ港で東海岸までの料金10セントとShip Feeの2セントを切手で貼付して送付したものになります。10セントの単貼はこのShip Feeを現金で支払ったケースに該当することになるわけです。

Hawaii Pictorial Issueの2セント切手単貼の外信便の使用例2通紹介、葉書はハワイ最初期の絵葉書で非常の珍重されている葉書である。Aloha Nui(アロハ・ヌイ)Postal Cardと言うもの、ホノルル以外のタウンキャンセル(Town Cancel)は非常に収集の対象になっています。

前回のタウンキャンセルという郵便局の消印収集コレクション紹介時に出た質問の答えで、当時のハワイの郵便局数105局だそうです。

ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー2セントのフルシートの紹介、50面シートでポジション48に定常変種。

ピクトリアルイッシュー発行年多数貼り書留カバーの紹介、ホノルル発ニューヨーク行。

エジプト?の官製ハガキが世界中を転送され最終的にシェラレオネに到着した使用例の紹介、蘭印、ハワイピクトリアルイッシュー、アメリカの切手が貼付されている面白いマテリアル。

以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。