2021年1月30日 20:00PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第41回Zoom例会』レポート後編です。参加者11人中6人の発表で質疑応答が有りました。
4人目)第36回後編で詳細が判明した不足料郵便物に近いカバーの紹介、印刷物扱いで25円分の切手が貼られており不足が無いように思えるが、印刷物なのに封がされていた為、通常の船便扱となり本来の料金は50円、「T50/50」の印は日本の通貨でこの時期外国宛て船便の最低書状料金50円が分母、不足分25円の倍額50円が分子で記入されている。
鉛筆書で小さく-25¥と記入されているのは日本、大きく25と記入されているのはドイツと思われる、これらに詳しい方の計算式を参考にすると、当時ドイツの船便料金は60ペニヒで、ドイツ側が本来徴収すべき料金は60×50/50=60ペニヒとなり、印刷物と判断された場合でも30ペニヒで、この25の意味は残念ながら不明との事でした。
もう1通のオーストリア国内で不足料切手が貼られたカバーは普通の使われ方、差出地ウイーンから到着地オーバーハーフライン迄は現在でも70キロ程の距離だが、なぜか1週間掛かっている。
5人目)前回の続編で2013年開催・第1回ヨーロッパ切手展に出品した作品より抜粋紹介の後編、モルダビア公国1番切手は1858年発行で牛を描く有名な切手、現存数も調査されている。
2番切手は新聞切手と印面に描かれているが実際は通常切手として使用された、実はこの2番切手の方が1番切手より現存数は少なく珍品。
1862年発行3番切手は、モルダビア=ワラキア公国が合同となり発行された、この切手の初期迄が手押印刷で製造されシートの半分がテートベッシュになっている。
オスマン帝国1番切手は1863年発行、魔女が杖に跨って飛んでいる様に見える図案は、実はスルタンの署名との事。
ブルガリア大公国1番切手は1879年発行、ロシアの影響が強くデザインも類似したデザイン。
ウクライナ人民共和国1番切手は1918年発行、正刷切手以外にもロシア帝国切手にウクライナ国章を加刷された切手も有り、これらは大きな郵便局単位で加刷された為、多数のバラエティが有る。
ウクライナ人民共和国の中の西ウクライナ人民共和国でも1番切手は1918年に発行された。
ポーランドに併合された西ウクライナでもカルパトだけはチェコスロバキア領となった、そのカルパト・ウクライナ共和国が1939年に発行した切手は1日しか使用出来なかったとして有名。
6人目)バハマ・海底郵便局について、首都ナッソーに1939年から40年の2年間設置されていた、消印は「SEA FLOOR」となっておりFDCと通常のカバー、当時の新聞資料も紹介。
現在海底郵便局はバツアヌに有るのが唯一、日本では海底ポストが和歌山県、静岡県、沖縄県に有り紹介者も海底ポスト専用ハガキを投函した事が有るそうです、画像は和歌山・すさみ町商工会HPより。
今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます。例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。