外国切手研究会 第36回Zoom例会レポート・前編

20201226日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第36Zoom例会』レポート前編です。参加者12人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)ドイツ・ゲルマニアの戦略偽装切手を紹介、謀略切手とも呼ばれる、第1次世界対戦時にイギリスが製造配布したもの。

一般的に良く知られている第2次世界大戦時に製造されたものは、パロディ的な要素が強い切手、偽物と簡単に分かる切手が多いが、ミッヘルカタログにも掲載されているこの切手は極めて精巧に出来ており、無目打の方はそのプルーフと思われる、本物とは目打が違うと言われているが、紹介者が比較しても殆ど同じとの事でした。

大戦時に空から配布されたとの事で、コンディションが悪い物も多い、本物に似せた謀略切手は経済の混乱を目的とした話があるが、紙幣硬貨とは違い、実際には敵国への技術力提示が主な目的だったと思われる。

2人目)アメリカ切手より、海外派兵のカバーをいくつか紹介。

1通目、1908年シリーズ貼1919820日、シベリア発フィラデルフィア宛、1918年から1920年迄のシベリア内戦時のアメリカ遠征軍カバー、左下に検閲印が押されている。

2通目、1908年シリーズ貼1917719日、中国上海発ニューヨーク宛、カバー左に検閲封緘。

3通目、大統領シリーズ貼19411014日、A.P.O 801(カナダ・ニューファンドランド、セントジョンズ)発バルチモア・メリーランド宛。

4通目、大統領シリーズ貼1945225日、A.P.O 70(フィリッピン・ルソン)発フェアフィールド、コネチカット宛、カバー左に検閲印と封緘、太平洋戦争時の日本軍との間でルソン島の戦いが有った時期の郵便物。

5通目、リバティーシリーズ貼195696日、イタリア海軍戦艦ジュリオ・チェザーレ、パクポーカバー、ニューヨーク宛、この戦艦をウイキペディア等で検索すると、第2次世界大戦後賠償艦としてソ連に引渡されノヴォロシークスと改名、19551029日に事故が発生し、後に解体されたと有ります、1956年時に同名艦がイタリアに有ったのでしょうか? 詳しい情報をお持ちの方が居られましたら宜しくお願いします。

6通目、リバティーシリーズ貼196373日、A.P.O 503-3(日本・関東地方)発レイクウッド・カルフォルニア宛、以前紹介の篠原宏著「大日本帝国郵便始末」によると、 A.P.O 503-1は東京との事ですが、 A.P.O 503-3に関する詳しい情報をお持ちの方が居られましたら宜しくお願いします。

3人目)ハワイ王国、1893年発行暫定政府の赤色加刷切手を紹介、それ迄に発行されていたバンクノートイッシューの切手に赤色若しくは黒色の加刷をして発行された、正刷切手発行迄の応急的な発行で、残っていた様々な台切手の額面を生かして発行された為、同一額面で台切手が複数有る。

1リーフ目、赤色加刷切手の ”SPECIMEN” を紹介、現存数も少なく希少な物。

2リーフ目、赤色加刷切手の12種類未使用、1セントは3種類有る。

3リーフ目、1セント切手・グリーンの銘版付25枚ブロック(50面シートの半分だけを展示)、加刷が上にずれたバラェテイ。

4リーフ目、1セント切手・パープルはシート左右に銘版が有り、右側はナショナルバンクノート、左側はハワイアンでハワイ語、6番切手には加刷の定常変種が有る。

5リーフ目、1セント切手・パープルの加刷バラェテイ、カバーは島内間郵便物でこの切手が使われた同様の使用例は5通のみ確認されている。

6リーフ目、1セント切手・パープル10枚ブロック+5セント切手貼、ドイツ宛書留カバー。

この暫定政府加刷切手に関して、発行枚数等についての質疑応答が有り、後日紹介者より追加情報を頂きましたので掲載させて頂きます。

Fred Gregory氏のウエブサイト「Post Office in Paradise」に下記の記載がありましたので、参加者にお伝えできれば幸いです。なお、例会でもお伝えしましたように、正式な公式記録はなく、枚数については、収集家の調査によるものであることをお伝えをしておきます。

QUANTITIES

In contrast to the fanfare surrounding the first printing, the last three printings were done and placed on sale without any official notice. Perhaps Oat had been criticized for the chaos of May 20. Nonetheless, the worldwide philatelic press was quick to report the appearance of Scott No. 63 in the second printing and various varieties peculiar to the second printing. Speculators continued to hound the Post Office well into June, searching for overprint varieties and new issues. The third and fourth printings were noticed when additional stocks of previously sold-out stamps appeared at the Post Office. By the time of the fourth printing, the frenzy of speculation had died away.

No official records were kept of the quantities overprinted in any of the printings. Late in 1896, the government gave notice that remaining stocks would be removed from sale at the Post Office on December 31 and destroyed. A minor run on these stamps took place late in December, 1896. On January 27, 1897, the government burned remainders of the overprinted stamps in the furnaces of the Hawaiian Electric Company. Most of the stocks destroyed were from the fourth printing. Thus stamps identified with the fourth printing are usually far scarcer than stamps from earlier printings.

Lack of official records of quantities overprinted notwithstanding, stamp collectors kept informed and documented numbers obtained from the printers and derived from periodic official inventory records of stamps on hand. From numerous unofficial reports, the late Wallace Beardsley created a study of approximate quantities, broken down by printing.

この内容については、4回加刷が行われております。4回目印刷については、その多くが廃棄(焼却)されていることが判ります。また、ウオレンス・バーズレイ氏による発行枚数の分析については下記にアクセスしてください。その詳細データが記載されていますので、参照いただければ幸いです。これらはあくまでも公式なものではない、バーズレイ氏が加刷した印刷業者などをあたり調査をした結果に基づくものであり、公式なものではないということでありますが、参考にあることは確かであろうと判断いたします。

POST OFFICE IN PARADISE – Provisional Government Issue: Beardsley Quantity Analysis (hawaiianstamps.com)

前編は以上で後編に続きます。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。