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外国切手研究会 第26回Zoom例会レポート

20201017日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第26Zoom例会』レポートです。参加者12人中5人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)主に伝統郵趣作品を内外切手展に出品を続けている発表者が、初の郵便史作品を紹介、JAPEX2020に出品予定との事で、タイトルリーフのみ紹介とさせて頂きます。

2人目)アフリカ・スーダン1番切手からのカタログコレクションを紹介、1リーフ目、最初の切手は1897年エジプト切手に加刷された8種が発行された、この切手は不評だったのか、翌年の1898年には2色印刷の正刷切手が発行された、同国はこのラクダと郵便配達夫の図案が気に入ったのか、2リーフ目1900年から発行のシリーズ、3リーフ目1920年から発行のシリーズ、4リーフ目1948年から発行のシリーズ迄と約半世紀間、細かい意匠は変わりながらこの図案での普通切手が発行され続けた。

56リーフ目、1931年発行の航空切手は普通切手に加刷したタイプも有るが、ラクダと郵便配達夫と飛行機図案の正刷切手が発行され、こちらも小変更され長く使われた。

いずれの切手もカバーの入手は難しく、有っても高価との事です。

3人目)本例会等の影響等も有り、ヨーロッパ以外にも興味が湧き、最近入手したアフリカ・ニジェールのアルバム付きコレクションを紹介、完集が目標でカバー等も可能ならば入手したいとの事。

南米・エクアドルのパケット500種も入手、アルゼンチンのパケットも購入予定で当面この2国のパケットを解体して色々調べて行きたいとの事。

旧版のミッヘルカタログ・ヨーロッパ版も入手、ドイツ版も探しているとの事です。

レポーター注)ミッヘルドイツ専門版は英語版も有る様です、2015/2016年版は2冊に分かれており、戦後の混乱期迄が採録されているようです、eBayではそこそこ出品されてました、この英語版を使われている方、所有されている方がおられましたら、情報を頂ければ幸いです。

4人目)前回の続きで、英領バージン諸島初期より、1867年から1868年に発行された1シリング専門コレクション、ギボンズ専門カタログの分類では3種に分けられる、石版+凸版印刷、透かし無し、目打155×420面シート、紙質の分類が有る。

1867年発行のファーストタイプの発行枚数は1000枚と非常に少ない、同じく1867年発行のセカンドタイプはファーストタイプに額縁のような赤枠が加刷されたような感じになっている、発行枚は7500枚と少ない、1868年に発行されたサードタイプはファーストタイプの外枠を2重から1重に修正したもので、発行枚数は2000枚とやはり少ない、セカンドタイプの赤枠以外はどのタイプも同じ版を使用しており、セカンドタイプのシートが現存している為リトコンストラクションも可能、カバーの現存はセカンドタイプのみ数通確認されている。

3種の中では比較的発行枚数の多いセカンドタイプより、仮貼りリーフを紹介、ポジションの判定と印刷バラェティを専門分類中。

尚この切手には、聖母マリアの印刷が漏れた世界的に有名なエラー切手が有る。

5人目)前回からの続きでハワイ王国最後の切手、1899年発行ピクトリアルイッシュー改色切手、

2セントカバーの紹介、2セントは外信ハガキ料金、島内間封書料金に相当、使用期間はアメリカ併合迄の約1年半程だが、ハワイの中では最もポピュラーな切手。

1枚目リーフ、190069日ホノルル発、ドイツ・ベルリン宛絵葉書、ハワイ切手としては使用禁止4日前の物、左側に薄く押されているベルリンの到着印の上部にも、サンフランシスコ中継印と重なって鮮明なベルリンの印が押されているが詳細は不明。

2枚目リーフ、島内間書状使用例だが、MOROKAIKAMARO局消のカバーは希少、元ホノルルアドバイザーコレクションより。

3枚目リーフ、OAHU島内間書状使用例だが、カバー左上 HAWAIIAN FRUIT AND FLANT 社のコーナーカードカバーはこの1通しか確認されていない上、OAHUWAHIAWA局消のカバーも同じくこの1通しか確認されていない貴重な品。

4枚目リーフ、ドイツ宛書留カバー、1セントと10セントとの混貼、書留を表す”R”印がホノルル局としては最後のタイプ。

5枚目リーフ、日本・広島宛カバー、1セントとの混貼、神戸の中継印と祇園の到着印が押されている、広島はハワイへの移民が多かった為、親族間の郵便が比較的残っているそうです。

尚ハワイ切手に関して興味が有る方の為に、詳細な専門サイトを紹介して頂けました。

http://hawaiianstamps.com/

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第25回Zoom例会レポート・後編

20201010日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第25Zoom例会』レポート後編です。参加者13人中6人の発表で質疑応答が有りました。

4人目)前回からの続きでハワイ王国最後の切手、1899年発行ピクトリアルイッシュー改色切手、1セントカバーの紹介、1セントは島内間ハガキ料金やドロップレータ料金に相当。

1枚目リーフ、1通目カバー、商用便ドロップレター使用例、封筒左上のコーナーカードは研究が進んでおり番号付けもされている、2通目カバー、島内間封書使用で2枚貼、こちらも封筒上部にコーナーカード有り。

2枚目リーフ、1通目、外国宛ハガキ使用例で2枚貼、18998月マウイ島スプレッケルズビル発、ホノルル、サンフランシスコ、ニューヨーク経由、1899925日オーストリア・AUSSIG着、2通目カバー、島内間封書使用で2枚貼、190012日オワフ島アイエア発、同日ホノルル着、アイエア局使用例は非常に少ない上、ホノルル局消印ではこの日だけ年号が漏れている事が確認されており、その両方を備えた貴重な一品。

3枚目リーフ、1通目、2通目共に島内間封書2倍重量便カバーで4枚貼、2通目オワフ島ペニュンシュラ局の使用例は希少。

4枚目リーフ、5枚貼アメリカ本土宛カバー、本来なら5セント1枚貼が使われる為、この様な使用例は少ない。

5人目)以前から収集しているオランダ国際司法裁判所の公用切手だが、紹介の切手を最近入手して全種類集まった、但し10枚シートを以前見た事も有り、これが小型シートで通常シートと別扱いならば入手したいのと、未使用使用済別での収集も予定、カバーの入手も難しい為、コレクションの展開も考察中。

蘭印関係を収集したいと思っている中、前回他の方が発表された内容に刺激され、図案や雰囲気が気に入った戦後スマトラの切手を少し入手、色々調べたいと思うがカタログや参考になる資料のご享受頂ければとの事、アドバイスとしては、スコットカタログ等には未掲載で、インドネシアやオランダ本国のカタログが必要、画像の切手だけでもバラェティが多く有る、インドネシアのカタログは一部英語併記なので何とかなると思いますとの事。

6人目)英領バージン諸島初期コレクションを紹介、最初の切手は1866年に発行された。

12リーフ目、最初の発行から1913年迄の切手を図入りリーフに整理した物、当時の最高額面切手は1シリング、初期はロンドンのニッセン&パーカー社、1879年以降は同社から印刷機材等を譲渡され、当時の英領切手を一手に引き受けていたデ・ラ・ルー社が印刷製造を担当した。

3リーフ目、186612月発行6ペンスの専門分類コレクション、石版印刷、透かし無し、目打125×420面シート、実用版は1版のみ、リトコンストラクションも可能、発行枚数は12000枚と非常に少ない。

紙質や刷色、定常変種や使用済を分類、使用例は非常に少なく、使用年が確認出来る最初期の物は1869年のカバーと言われている、又1866年以前英本国の切手が一時期使用されており”A13” の消印が確認されている。

18687月から8月頃、1ペニーと同時に目打15の切手が発行されたが、6ペンスの発行枚数は僅か1000枚と言われている。

追加情報)2回に渡って募集していた、ルーマニア・クラッシックカバーの宛先に関する情報ですが、大変詳しいコメントを頂きましたので紹介させて頂きます、ありがとうございました。

Severinでよいと思います。日本語のサイトでは「ドロベタ=トゥルヌ・セヴェリン」(Drobeta – Turnu Severin)に詳細あり。日本語サイトや英語サイトには書かれていませんが、ドイツ語のサイトを見ると「以前は単にSeverinと呼ばれていた」という記述があります。だから、通称はSeverinで通用するのでしょう。ルーマニアの局名簿をみると、1858年にTurnu Severinとして開局しています。料金20 Paraは1865年1月1日/13日から1867年12月31日/1868年1月12日までの市外書状基本料金。翌日から通貨改革(Para →Bani)とともに料金も18 Baniとなります(Para額面の切手はその日から使用不可とミッヘルカタログには書かれています)なお、日付は、前がロシア歴、後が西暦です。封筒の上に「Urgenta(?)」の文字が見えますが、速達(別配達)制度が導入されたのは1929年のようですから、当時はまだありません。「至急」という差出人の単なる希望でしょう。

連絡事項)本年6月度に開催予定だった「スタンプショウ=ヒロシマ2020」は、来年度2021313()14() に「スタンプショウ=ヒロシマ2021」として開催される事が決定しました。関西スタンプショウ2021(第34回)とは同日開催になりますが、よろしくお願いしますとの事です。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第25回Zoom例会レポート・前編

20201010日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第25Zoom例会』レポート前編です。参加者13人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回の続きで、1945817日インドネシア共和国独立宣言後、初期の使用例を紹介。

1リーフ目、南方占領地ジャワ第2次普通切手がそのまま使われたハガキ、1枚目ハガキ料金5Sen+書留料金30Sen5Sen切手7枚貼、2枚目ハガキ料金5Sen1枚貼、いずれもジャワの戦後使用例で戦前使用例とは明確に区分されるとの事です。

2リーフ目、南方占領地ジャワ普通切手に ”REPOEBLIK INDONESIA” の文字が機械加刷されて使用された切手、ジャワ使用例2通。

3リーフ目、1946年発行正刷切手、いずれも検閲印が押されている、ジャワ使用例2通。

4リーフ目、1946年発行スカルノ大統領正刷切手に加刷された切手、スマトラ使用例2通。

5リーフ目、上記インドネシア共和国とは別で、同時期に再植民地化の為進出したオランダ側の蘭印切手使用例、バタビア発アメリカ・ニューヨーク行、書留航空便カバーで封筒両面に戦前戦後の切手が多数貼られている、以上、いずれのカバーも現在は入手困難と思われる。

2人目)前回の続きで、中華民国・上海大東2版切手に関する紹介と考察。

最初の画像はJPSカタログの写しで、17種の切手の未使用評価はオーソドックスだが、使用済は低額が少ないと想像出来る、インフレ等の関係で低額は殆ど使用出来なかった、紙別分類は1版とは逆に厚紙が基本。

1リーフ目、17種類未使用貼、1版とは違い10000以上の高額面から2色印刷、その図案から梅花版というニックネームが有る。

23リーフ目、このシリーズも印面寸法で4種類に分類が出来るが、これ以外の印面寸法が存在する可能性も有、3リーフ目中央のペアは注文消と思われるが、個人的には唯一所有の150使用済。

4リーフ目、銘版付ブロック、銘版位置は左右に印刷されている物、上下に印刷されている物が有。

5リーフ目、1通目カバー 、194712月1日より外国宛航空料金が統一されたが、その直前最後期使用例で沖縄宛、APOのアドレスが記入されているがAPOはアメリカ日本間の話、便宜的に住所として記入されているだけ、又この時期日本宛の料金は設定されておらずアジア宛料金が適用されている、2通目カバー、外国宛航空料金が統一後の使用例、封書料金8000+航空料金220003000010000切手3枚貼、イギリス宛。

6リーフ目、アメリカ宛航空便カバー、封書料金航空料金共に値上げされた後、封書料金のみ値上したと勘違いして差出され、不足料金が適用されたと思われる。

7リーフ目、1通目カバー、アメリカ宛航空速達使用、2通目カバー、アメリカ宛航空使用だが、同一局で同一日時だが時間帯の違う消印が押されている、郵便局で料金不足を指摘され、不足分を貼足して再度差出したと思われる。

8リーフ目、1通目カバー、アメリカ宛航空書簡、当初は宛先や貼付切手枚数の規定が有った、2通目カバー、アメリカ宛航空便、重慶中華版との混貼使用例。

10リーフ目、1通目私製ハガキ、ポルトガル・ルサ・ダ・パルメイラ(Leça da Palmeira)宛、この時期のハガキ使用例は非常に少ない、2通目カバー、アメリカ宛航空2倍重量便で合計1900000分の切手が貼られているがインフレカバーでは無く、少し前に金通貨が出ており、切手の法幣通貨が下火になる直前でこの様な額面になっているとの事。

3人目)前回他の方が発表された、1939年(康徳6210日満州哈爾浜中央発、朝鮮中江鎮宛、航空書留留置カバーの件で、少し情報を紹介。

国立国会図書館で調べた所、満州日日新聞193938日、新京中江鎮間の航空路線開設の記事が出ており、この発表を見たハルビン在住の切手商ジョン・スイート氏は航空便カバーの作成を思いついたのでは。

政府広報を見ると、2月中は航空路線拡張の告示は一切無く、331日に41日より航空路線開設の事が書かれており、最初に航空路線は開設したが航空便は途中迄しか乗せてなく、正式に中江鎮迄郵袋を載せるようになったのは41日からと思われる。

注)還付付箋に書かれている完全には読めない文章ですが、今回ゲスト参加された方に一部解読して頂けました。ありがとうございます。

□□不□□ノ為受里ノ例ニ依リタル処(前の漢字が思い浮かびません)との事

自分の収集範囲で外国からの日本宛カバーより、最近の入手品を紹介、1936216日フィリツピン・マニラ発、東京宛33日東京中央風景印消、英国空軍ロイヤルフォースのTOKYO FLIGHTとなっているカバーで、不明な点が有り調べた事を紹介。

当時の朝日新聞記事より、1936210日、3機の飛行艇がシンガポール発、北ボルネオ経由、 213日マニラ着、2機が216日香港着、                        218日青森に向けて出発したが天候不順で香港に引返し、                 この間マニラで待機していた1機が219日青森着、香港で待機していた2機も220日青森着、 224日上海に向けて出発したが天候不順で上海近くの温州に不時着、226日上海着、    本来229日に鹿児島を経由して、霞ヶ浦飛行場に到着の予定だったが急遽訪日は中止となった、上海から東京迄は船便で運ばれたと思われる。

前編は以上で後編に続きます。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問、感想等頂ける方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第24回Zoom例会レポート・後編

2020103日 2000PM – 22:25PM開催『外国切手研究会 第24Zoom例会』レポート後編です。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

5人目)中華民国・1946年上海大東1版切手に関する紹介と考察。

最初の画像はJPSカタログの写しで、その評価より11種類中70円切手が少ないという事が分かるが、収集した感じから未使用はともかく使用済の評価はもう少し安くても良いのでは、実際に少ないのは700円切手の方で70円切手はその次、20円切手が又その次と思える。

20円切手の発行日が1946723日となっているが間違いと思う、他にも発行日が違うと思える切手が有り、紹介のCHINA CLIPPER 記載の発行日が正しいと思える、自分では証明できるマテリアルを所有していない為に断言は出来ないが、JPSの記述を鵜呑みにするのは注意した方が良いとの事。

紙別分類は薄紙が基本で、厚紙はイレギュラー、個人的にJPS記載の70円切手厚紙は未見。

1リーフ目、11種類未使用貼りだが、201001000円切手の刷色が非常に似ている点に注意、2色印刷の5000円切手のみ50面シート、それ以外は200面シート。

23リーフ目、このシリーズは印面寸法で4種類に分類が出来る。

4リーフ目、100円切手使用済ブロックだが上段ブロックのみ厚紙、刷色も違う為、紙違いは印刷色も変わってくるのではと思える、2段目中央は貯金局消。

5リーフ目、ペア・ブロックの使用済仮貼り、少ないと思える70020円切手は所有だが70円切手は未入手。

6リーフ目、100円切手初期印刷のカバーを紹介、銘版位置から後期印刷と区別出来るが、前記CHINA CLIPPER の写真記事からだと、逆に後期印刷とも思える点が有り要考察。

1通目カバー、上海1946627日発、アメリカ・サンタバーバラ転送、20円切手5枚+他シリーズ50円切手2枚貼の200円分貼カバー、航空便用封筒を使っているが船便使用で10円分加貼り、20円切手のカバーは少ない点と、JPS記載発行日以前の消印で興味深い使用例、CHINA CLIPPER 記載発行日は19466月となっており初期使用例と思える。

23通目カバー、70円切手多数貼使用例、共に国内便使用だが多くの特殊扱いが付加されている、2通目カバーのピンクの付箋を剥ぎ取った跡は配達証明の物、3通目カバーの緑の付箋を剥ぎ取った跡は速達の物との事。

4通目カバー、700円切手他多数貼使用例、アメリカ宛航空便。

5通目カバー、5000円切手3枚+100円切手貼使用例、アメリカ宛航空重量便だが、インフレの関係で同シリーズ20円切手が発行後1年余りだが100円加刷切手として使われており、この辺りも使用例が少ない原因のひとつと思えるとの事。

6人目)前回紹介の宛先が分からなかったルーマニア・クラッシックカバーですが、お二人の方よりコメントが有り、宛先はキリル文字でブカレストだそうです、ありがとうございました。

注)もうひとつのルーマニアカバーの宛先ですが、JeverinJevenSeverin とも見えます、レポーターがキリル文字変換ソフトを使うとそれぞれ ЙеверинЙевенСеверин となり、Googleで検索した所 Северинのみルーマニアの地名にヒットしましたが全く確証は有りません、引続き情報をお待ちしております。

前回紹介のスイス・クラッシックカバーですが、鑑定書が有りましたとの事、記載事項から5ラッペンと10ラッペン切手の詳細も判明、両切手共希少なタイプで非常に良いカバーとの事です。

7人目)最近収集しているベルリンの強制付加切手ですが、目打有と無目打が有る事が分かった。

この切手が貼られたオンピースを有る程度入手したが、その中で消印が見えないオンピースは水剥がしをして良いものかと疑問、アドバイスとしては水剥をすると強制付加使用が分からなくなってしまう為、折角なのでもう少し調べてからの方が良いのではとの事。

以前から興味の有る蘭印の切手をYオークションで手に入れたが、金額的にも入手自体も中々難しい、アドバイスとしては、Yオークション以外に、Sオークションにもドイツやオランダ関係は出品されており、値段や整理された状態が魅力的な物も有るようです、是非下見だけでもされる事をお勧めしますとの事。

連絡事項)101日から3日迄、史上初のオンライン国際郵趣イベントと銘打った、「STAMPEX International Virtual Exhibition 2000」 が開催されていました、当会員の方がワンフレームクラスに出品され、見事金賞を受賞されました、おめでとうございます。

いつ迄見れるのか分からないですが、105日現在HPは残されてます、少し分かりにくいのですがHP上部のBoothHallから入り、左下Exhibitors Index よりB16ABPSをクリック、中央画面左側のONE FRAME COMPETITION 2020 ALL classes の中です、尚このHPにアクセスするには初回メールアドレスで登録が必要ですが簡単です。

https://stampex.vfairs.com/

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第24回Zoom例会レポート・前編

2020103日 2000PM – 22:25PM開催『外国切手研究会 第24Zoom例会』レポート前編です。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)日本統治時代の朝鮮半島の消印をメインで収集されている発表者より、幾つかの興味ある関連マテリアルを紹介。

1通目、1924年中華民国琿春発、朝鮮慶源(現セビョル)経由、東京宛ハガキ。

2通目、1926年中華民国間島龍井村(朝鮮族自治州が有)発、朝鮮会寧経由、平壌宛封書、この龍井と会寧の間には過去歴史で色々な出来事が有りその紹介も。

3通目、上記出来事後、後に間島の帰属は中国領と確認されてからも、1915年日本郵便局で扱われた間島発、長崎宛ハガキ。

4通目、1928年哈爾浜(ハルビン)発、朝鮮新義州経由、愛知宛ハガキ、哈爾浜から新義州迄は当時の南満州鉄道で運ばれたと思われる。

5通目、1939年(康徳6)哈爾浜中央発、朝鮮中江鎮(朝鮮半島最寒の地として知られる)航空書留留置カバー、差出人戻となっているが受取人と同一人物、差出人ジョン・スイートは当時ハルビン在住のウクライナ人で切手商や色々な肩書きが有る、戦後中国やアメリカに移りその後も郵趣関係の仕事をされていた様で、自分にこのカバーが戻る様に差出したと思われる。

ちなみに還付付箋に書かれている文字、何となく意味は分かるのですが完全には読めません、この辺りに御詳しい方、解読して頂ければ幸いです。

2人目)インドネシア・独立戦争時のスマトラ関係1945-49年切手を紹介、戦後日本が撤退後にオランダが再植民地化しようとした時期に発行されたもの。

1リーフ目、様々なバラェテイが有りそれらを整理、戦前のウイルへルミナ女王図案切手にインドネシア共和国の文字を加刷した切手、日本軍が加刷した切手を更に加刷した切手、スマトラの統一加刷切手など。

2リーフ目、統一加刷の上から更に加刷された切手。

3リーフ目、日本の昭和切手、オランダ植民地時代切手、南方占領地切手、同マライのスマトラ使用切手などにINDONESIA P.T.T(郵便電信電話)を加刷された切手。

南方占領地切手自体に膨大な種類やバラエティが有り、それらに加刷された切手は非常に複雑だが面白い対象との事です。

456リーフ目、これらの実逓カバーを紹介、郵便料金等詳しく分からないのも有り、情報をお持ちの方がおられましたら幸いですとの事、ちなみにカバーは参加者からも絶賛で、このような自然な使用例は初めて見たとの事です。

3人目)最近入手したカバーの紹介、19171027日ロシア・ハバロフスク発、スエーデン・ストックホルム宛。

3枚貼られている2コペイカ切手は紋章シリーズと呼ばれるタイプで、ロシア革命の影響で1917年頃から無目打が出るようになった、シリーズの中でも無目打の出現時期はバラバラで、正確な出現時期が分かっていない額面も有る、2コペイカ切手は早い所で6月の使用例が有るが、極東のハバロフスクで10月は比較的早い使用例とわれる。

検閲時に使われたと言われる、表に押されたフレーム印だが、詳しくは分かっていない。

このカバーを購入した大きな理由は、封筒裏面フラップの下に押されているロシアの満州局、1917111日マンチューリア局の印、本来マンチューリア局で1915年より使われている検閲印とは違う点や検閲シールが2枚貼って有るカバーも他に見た事が無いなど。

青い検閲印は100種類位有る様で分類が大変だが、1917年頃に使われたタイプとの事、この時期はロシア革命の影響で郵便の逓送ルートも不安定だったようで、フラップの上に押されているストックホルムの到着印は1228日、情報の豊富な興味深いカバー。

最近香港のオークションで、大コレクターのコレクションが出品されていたが、中国関係で4通のカバーが偽物、若しくは偽物の可能性有りという事で最低値が安く出品されていたが、すべて落札されておりそれらを簡単に紹介、審議の判断が出来なかったマテリアルも有りますが、怪しい点は赤矢印で示してます。

4人目)前回からの続きでハワイ王国最後の切手、1899年発行ピクトリアルイッシュー改色切手、125セント3種がUPUカラーで発行された。

1枚目リーフ、3種の未使用ブロックでトライアルカラープルーフ、銘版付、シェードバラェティなど。

2枚目リーフ、アメリカンバンクノート社の見本加刷切手、加刷文字のタイプ違いや、パンチ穴のバラェティ、銘版付ガッターペア、ポルトガル語の見本加刷、プルーフなど。

3枚目リーフ、1セント切手のタウンキャンセルコレクション、このジャンルは研究も進んでおり、局や消印のタイプ違いで格付けされているとの事です。

4枚目リーフ、2セント切手の定常変種と横目打漏れエラーの紹介、定常変種位置は48番なので丁度銘版上に該当だが、全てのシートに出現する訳では無いそうです。

5枚目リーフ、2セント切手のタウンキャンセルコレクション、消印の局違いを多く楽しむ為年号は省略、局名とメイ&ハリス書籍の消印番号のみ記載。

6枚目リーフ、2セント切手の銘版付ブロックを整理したものだが、48番切手でも先の定常変種が現れない切手が有るのが分かる。

7枚目リーフ、2セント切手に押された鉄道印、かってハワイに存在した鉄道の物で希少。

8枚目リーフ、5セント切手のタウンキャンセルコレクション、発行枚数も少ない上、基本は外信書状料金の為、ホノルル局以外は少なく難しい。

前編は以上で後編に続きます。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第23回Zoom例会レポート

2020926日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第23Zoom例会』のレポートです。参加者11人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)最近入手した日本切手貼外信カバー等より、気になるマテリアルを紹介。

1通目、魚介シリーズ2枚貼フランンス宛開封書状カバー、航空便風の封筒を使っているが料金は25円の船便、出席者よりアドバイスが有り、フランスの宝石商HEXACYCLINEが当時受人の興味を引く目的で他国から本国宛に送っていた開封封筒ダイレクトメールで、この封筒には幾つかバリエーションが有るとの事。

2通目、記念特殊切手10枚貼カメルーン宛航空印刷物カバー、合計額面は50円で適正料金、珍しい宛先の上、裏面に首都YAOUNDEの着印有。

3通目、普通切手3枚貼フランス宛航空便絵葉書、1972年の札幌雪まつり時に送られた物で、SAPPORO’72冬季オリンピックの宣伝入、この当時第3地帯宛航空便ハガキは55円だが70円分の切手が貼ってあり料金の詳細は不明。

4通目、大阪万博小型シート他貼スイス宛航空便カバー、小型シートをそのまま貼ったカバーは好きなマテリアルだが、戦後すぐの物は非常に高価なのでこの辺りを無理せず集めて行きたいとの事。

5通目、国際児童年のFDC、カシェのデザインやスローガンに気になる点が有ったが、出席者のアドバイスでほぼ解決しそうです。

2人目)アメリカ1861年シリーズの続編、このシリーズは1851年シリーズに比べ製造面のバラェティが少ない為、コレクションに変化が付けにくいとの事。

5セント・ジェファーソンの紹介、版番号171種類だけで製造されたが、2種類の大きなシエード違いが有る、改色扱いでカタログメインナンバーでも区別されており、最初の色は約175千万枚、1862年改色の方は約700万枚の製造で最初の色が圧倒的に少ない。

10セント・ワシントンの紹介、TYPE1とTYPEⅡの版違いが有るがTYPEⅡの方出現は早い、TYPE1の方が少なくカタログ値もかなり違う。

12セント・ワシントン、15セント・リンカーンは共に黒色印刷、製造面変化は少ないがやはり1867年からグリルが施されて発行された。

24セント・ワシントンはふじ色で印刷の為シエードバラェティが多い、全部で5種類有るとの事ですが4種類を紹介、中でもSteelBlueと呼ばれる刷色は非常に少ない。

カバーは5セント3枚貼15セント、15セント1枚貼共にフランス宛を紹介、15セント貼カバーには ”ボストンより蒸気船GABA” の書込有り。

3人目)ルーマニア・クラッシックカバーを2通紹介、1通目は長年切手を対象としたゼネラル収集をしている中、20年程前に最初に購入したカバーで1866年切手の1通、年号不明109日首都ブカレスト消、宛先はJeverin?と読めるが現在の該当地が無く不明、Severinか?着印も無くこれ以上調べられず20年所有しており、ルーマニア関係に詳しい方、情報やヒントをお持ちの方がおられましたら宜しくお願いいたします。

2通目、1862年発行の2枚ペア貼カバー、年号不明412日クラヨバ消、宛先は?ykypeu?と読めるが最初のカバーと同じく解読推測出来ない状態で長年所有、こちらも情報やヒントをお持ちの方がおられましたら宜しくお願いいたします 。

4人目)スイスクラッシックよりジュネーブカントンについて、スイス連邦は1850年に共通切手を発行したが、ジュネーブは通貨単位がサンチームで他のラッペンを使う地域と違っていた為に独自の切手発行が続けられた。

スイス連邦は18521月1日に通貨統合を行う事になった為、18511225日より31日にかけて一時的にラッペン通貨の切手はベルン中央郵便局に引き上げられた。

その為この期間ラッペン通貨切手の使用例は非常に少ないが、スイスの切手商で18511229日使用例のカバーが鑑定書付きで販売されており、以前より探していた事と相場より安価だった為入手したが到着後その理由が分かった。

このカバーの後ろは全く別のカバーと貼り合わされており、実は説明文にもドイツ語でそれらは記載されていた、フロントカバーという事で少し残念だがそれでも貴重なカバーには変わり無く、今後も入手出来るかは分からない為、国際切手展出品マテリアルとして活用の予定。

5人目)前回からの続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、25セント切手カバーコレクションの紹介、25セントは外国宛2倍重量便書留リターンレセプト、外国宛3倍重量便書留、外国宛5倍重量便等に相当。

1通目カバー、消印は読み難いがカウアイ島コロア局受付の最初期書留カバーで、ホノルル経由ドイツ宛2倍重量便書留リターンレセプト、又ニューヨークの書留ラベルの下に押されている赤い写字体のRegistered印だが、現存10通以下と言われている貴重な印影との事です。

2通目カバー、ホノルル受付のドイツ宛2倍重量便書留リターンレセプト、1通目とほぼ同時期でこの辺りのカバーはドイツ宛が多いとの事、ドイツ語の書留を表す赤い印鑑は1通目とは違うタイプ。

3通目カバー、合計1ドル85セント分切手貼、A4相当の大型でアメリカ・シアトル宛訴訟書類書留カバー、書留料金10セント+35倍重量便1ドル75セントで25セント最大枚数貼カバー、裏面に記載の発信人エドモンド・ピアソン・ドール(Edmund Pearson Dole)という人物は当時のハワイ法務長官代理人で、ハワイ共和国初代大統領やパイナップルやババナでお馴染みの Dole Food Company設立者も従兄弟にあたる方。

4通目カバー、 ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー全7種+1種貼カバー、キラウエア局受付ホノルル経由、オーストラリア宛重量便書留リターンレターンレセプト、合計57セント分切手貼、8倍重量便と思われるが2セント分料金超過、オーストラリア方面のカバーは少ない。

3人目その2)4人目の方の発表に応答して、自分のコレクションからスイスクラッシックカバーを紹介、1850年発行切手2枚貼バーゼル発ローザンヌ宛、美しいカバーで良い一品です。

6人目)スイス不足料切手について、先日スイスのオークションに出品されていたマテリアルで残念ながら落札出来なかった物、1924年スイス・ザンクトガレン発リヒテンシュタイン宛の絵葉書で、スイスのサードシリーズ不足料切手が貼られ、リヒテンシュタイン・エッシェンの消印が押された使用例。

1921年頃からの短い期間、リヒテンシュタインは郵便事業をスイスに委託していた時期が有り、これはその使用例、リヒテンシュタイン・エッシェンの消印もスイスタイプの物。

元々リヒテンシュタインはオーストリアに郵便事業を委託していたのだが、第一次世界大戦後スイスに委託変えしたという経緯が有る、リヒテンシュタインの不足料切手も1920年に発行されており、この辺りの関係はよく分からないとのコメントです。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第22回Zoom例会レポート

2020919日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第22Zoom例会』のレポートです。参加者13人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)イギリス1841年発行2ペンスブルーコレクションの紹介、1840年発行2ペンスブルーは発行枚数約640万枚で発売期間は約1年だった、違いは下部  “TWO PENCE” の額面文字の上部に白線が入った事で透かし等の変更も無し、発行枚数約1億500万枚で発売期間は約13年、3版と4版が有り発売期間が長かった割には印面バラェティも少ないが、コーナーレターの分類やそこに生じたバラェティ、消印の分類などが楽しめる。

1通目のカバーは代表的な2倍重量便だが、1840年発行2ペンスブルーが比較的残っていた為、1841年の初期使用例は入手が困難との事で貴重な1品です。

2通目のカバーは2倍重量便書留で4枚貼り、1848年迄は書留料金の納付は現金だった為、基本料金のみ切手が貼付された物が多いが、収集家としてはやはり全額切手で納付された使用例が好ましいとの事。

2人目)前回からの続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、12セント切手カバーコレクションの紹介、12セントは島内間書状料金2セント+書留料金10セントや外国宛ハガキ料金に該当。

1通目カバー、ホノルル発、オアフ・ワイパフ宛島内間書留カバー、差出は前回紹介のカバーと同じくYOKOHAMA SPECIE BANK、ワイパフは砂糖のプランテーションがあった町で、受人は S.Kira (吉良) となっており移民系の日本人の方と思われる。

2通目、ホノルル発、サンフランシスコ経由ドイツ宛絵葉書の書留使用例、15セント分の切手が貼られており書状料金と間違えたのかもしれないが詳しくは解らない、Aloha Nui” と呼ばれる有名な絵葉書が使われている上、ハガキの書留使用例は極めて少ないとの事。

3通目4通目、共に4枚貼アメリカ経由の外国宛書留重量便、3通目はロンドン中継モンテネグロ行A.R(受け取り証明 Return Receipt)、4通目はドイツ行で同じホノルル局引受けだが、書留の赤い ”R” 印が違うバラエティ、同一切手4枚貼カバーは入手が難しい。

3人目)西サモアから日本の千葉宛書留便を紹介、フィラテリックなFDCと思われるが1939829日消印の太平洋戦争も近い時期、裏面はハワイ・ホノルルの中継印、受人と思われる到着日書き込みも有り、当時西サモアからハワイ迄は約一ヶ月、ハワイから日本迄は約半月程の日数という事が分かり興味深い。

宛先の住所は 83 Ichiba Chiba, とタイプされており、現在の千葉県千葉市中央区市場町と思われる。

4人目)アメリカ1861年シリーズの続編、このシリーズが発行された背景としては1861年に勃発した南北戦争の為で、南部のアメリカ連合に資産として残っていた膨大な前シリーズ迄の切手を無効にする為、新しいシリーズの切手を発行せざるしかなかったとの事、と話をさせて頂いたが、実際に無効とされた使用例のカバーを資料として3通紹介。

1851年シリーズの切手に対し、”OLD STAMPS NOT RECOGNIZED” の印鑑が押されて無効扱いとされている、すべてフィラデルフィア局扱いで、特に1通目は使用禁止扱いとなった初日のカバー、3通目は石川良平コレクションコレクション集より、1851年シリーズ1セント1枚と1861年シリーズ1セント2枚が貼られた国内書状基本料金のカバーで、1851年シリーズ1セントのみ無効扱いとなったカバー、1通目と2通目のオークション落札価格から考えると、この3通目のカバーの値段はとても想像出来ません。

1861年シリーズ1セント・フランクリンの紹介、印刷物やドロップレター料金に相当、実用版は5版で約14千万枚発行、青色印刷の為シェードは色々有る、1867年からグリルが施されて発行された。

2セント・ジャクソンはこのシリーズでも異色の出来で、顔が非常に大きく描かれており、黒色印刷の為 ”ブラック・ジャック” の愛称が有る、郵便料金の改定で距離制の廃止やドロップレター料金の値上の為発行された、 実用版は7版で約26千万枚発行、同じく1867年からグリルが施されて発行された。

5人目)前回フィリッピンのゲリラ切手6枚ブロック貼カバーの話が出たが、この切手を収集され昨年のJAPEXに作品を出品された方より、切手の概要と作品を解説して頂けました。

ゲリラ切手発行の目的としてはプロパガンダ的な要素が高く、太平洋戦争当時の日本軍が占領していたと言われているフィリッピンにおいて、全エリアに日本軍の勢力が及んで無かったという事実をアメリカ軍がPRする為で、切手としての効力は特に無かったと思われる、尚このような目的を持った切手は他国や他組織でも発行されている。

尚、フィラテリストマガジンJAPEX2019別冊では作品解説、フィラテリストマガジン第25号付録では作品全リーフを見る事が出来ます。

6人目)第15Zoom例会でほぼ解決した旧中国切手に押された “HMCG” 印についての補足、有る方から情報を頂き、本来 “HMCG” 印には押印規定が有りこの印は切手右上に斜めに押す事、そして切手と封筒に印が掛かる様(タイする様)に押す事という規定だが、自分のコレクションや元ネタの写真等を見ても完全にそうなっている使用例は無い、この規定は完全には運用されておらず、切手には前もって HMCG” 印が押されていたのではとの見解です、この切手は1951年頃迄使われていたらしく、新中国成立後も残っていたとは少し驚きましたとの事です。

2人目)その2、先ほど話の出たハワイ・ホノルル局、書留の赤い ”R” 印のバラエティについて、同局では3種類の印が使われている事が分かった、メイ&ハリスの分類番号が振られており、使用時期が重複している期間も有る。

追加情報)前回発表、ユーゴスラビア1932826発ツエッペリンカバーについて、ユーゴスラビアの受付郵便局は不明、三角形の航空郵便?の消印はユーゴスラビアのツエッペリンカバーによく使用されているらしいが、キリル文字も使われていて詳細は分からないとの内容でしたが、お二人の方より情報を頂きました、ありがとうございます。

「ユーゴスラビアのカバーについて、切手に押されている消印の詳細は分かりませんが、
書留ラベルにも書いてるとおり局名はゼムン(現在のベオグラードの一部)では?
お気づきの方もおられるでしょうが、一応コメントしときます。」

「図版ではよく見えませんが、3角形の印はZemun第5局の航空便用消印ではないでしょうか?
ЗЕМУН 5 / ZEMUN 5 / 日付 / Avionom – Par Avion」とでも書いてありませんか?
局名のところがザグレブ(Zagreb)のものはよく見かけるようですが、Zemunは少ないかもしれませんね。
中央に押された1932年8月28日の印は、ちょっと見では「HAMBURG」に見えます。
航空便の場合はたいてい「Berlin C2」局の中継印が多いのですが…。」

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

外国切手研究会 第21回Zoom例会レポート

2020912日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第21Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回の続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、10セント切手カバーコレクションの紹介、10セントは外国宛2倍重量便や書留料金に該当。

1通目カバー、ホノルル発アメリカ・オレゴン州宛カバーは受人の ”bishop” から宣教師間の物と思われる。

2通目カバー、ホノルル発、ホノウリウリ宛島内間書留カバー、書留料金10セント+島内間料金2セントで切手は次のUPU改色切手、差出はYOKOHAMA SPECIE BANK、カバー右上と左下が当時のコロナ対策でカットされている。

3通目同シリーズ4種貼、4通目10セント3枚貼は共にホノルル発アメリカ向重量便書留カバーだが、ホノルル局消印の色が違うバラィテイ、3通目のパープルの消印はかなり少ない、4通目の同一切手3枚貼カバーは入手が難しい貴重な一品。

情報として、現在アメリカのオークションに出品されている、フィリピンのゲリラ切手6枚ブロック貼カバーの話、6枚ブロック貼カバーは現存1通と言われている、逓送ルートはフィリピン1945年1月→オーストラリア→(アメリカ軍用機で運ばれ)ペンタゴン→受取人1945年4月20日。

2人目)アメリカ1861年シリーズ、このシリーズが発行された背景としては1861に勃発した南北戦争の為で、南部のアメリカ連合に資産として残っていた膨大な前シリーズ迄の切手を無効にする為、新しいシリーズの切手を発行せざるしかなかったとの事。

Toppan,Carpenter&Co. 12セント、24セント、90セントの魅力的なDie Essayを紹介。

国内書状基本料金の3セントの紹介、約178千万枚発行で実用版は24版有り、シェードの分類はピンクとローズに大きく分けられる、ピンクは初期に約10万枚のみ発行で非常に少ない、このシリーズは1867年からグリルという用紙に突起を付けて消印を取り去りにくくする加工が施されて発行された。

カバーは2通紹介、1通目は消印に年号が入っているこの当時は少ない物、2通目は戦争中だが北部から南部へ宛てられたカバーと思われる。

南部のアメリカ連合1861年発行5セントと10セントカバーの紹介、南部は工業力が乏しい為、北部のように全ての切手を凹版印刷で製造する事が出来なかった、当初は書状基本料金が500マイル以下5セント500マイル超が10セントだったが、後に全て10セントとなった。

3人目)ユーゴスラビア1932826発ツエッペリンカバーの紹介、ドイツ・フリードリヒスハーフェン1932912日中継印、ブラジル・リオデジャネイロ1932916日着。

フライト記録から運ばれた便は分かっているが、ユーゴスラビアの受付郵便局は不明、三角形の航空郵便?の消印はユーゴスラビアのツエッペリンカバーによく使用されているらしいが、キリル文字も使われていて詳細は分からない。

人気の有るドイツやアメリカ、ロシアのツエッペリンカバーに比べ情報が少ない為、裏面に貼られたラベルや人名の印鑑等不明な点も多く、言葉や住所等も現在では変わっている可能性も有りますが、何か情報をお持ちの方宜しくお願いします。

4人目)ポーランドの書留使用官製ハガキの紹介、ワルシャワ第2局引受けのクラカウ宛、現在はポーランド領だが、この当時はオーストリア領で外国宛扱いになり、その為か最初にワルシャワ第2局で貼られた国内用?書留ラベルの上から、海外用?書留ラベルが貼られた使用例。

最初に貼られた書留ラベルはキリル文字のRが使われている物、その上に貼られた書留ラベルはUPU規定のRの文字入り、”Varsovie”とはワルシャワのフランス語表記で、書留引受け番号は最初のNo36が活かされていると思われる

紫色の消印はワルシャワ出張第1局の消印で、外国便は一度此処で集められてから処理されたとの事。

1947年中華民国発行・アメリカンバンクノート社印刷の切手についての話、使用済が少ないのは当初の計画より1年以上遅れて発行され、その間にインフレが進み郵便には使用しにくくなった為、未使用もバラィティは少ない為か安価。

JPSカタログよりこの切手の印刷シート構成は300面(50面シート×6)と分かる、カラーマークを手掛かりに、手持ちの30050面シート5枚で合成した300面フルシート想像図を紹介。

5人目)スーダンの切手を真似た、CAMEL POSTというシンデレラ切手の紹介、バーレーンのラクダ図案の切手3枚、戦争税切手1枚と共に貼られたコンビネーション風カバー。

切手としての効力は無く、障害の有る子供の世話をする団体施設に送る寄付を集める目的で発行されたもの、1986年から1990年頃に同じ図案で色違いが数種類発行されているらしい。

CAMEL POSTという名前から、TINCAN MAILの様な特別な運ばれ方の郵便を想像したが、そういう物では無かったとの事。

6人目)モーリシャス初期コレクションの紹介、1847年発行 ”POST OFFICE”は余りにも有名だが、次の1848年発行 ”POST PAID” 切手と、その次の通称 ”Britania” 切手の後に石版印刷で発行されたビクトリア女王図案切手の紹介、マージンや印刷、消印の状態も良くお気に入りとの事、とても良い一品でした。

フランス50サンチーム貼1917年3月のカバーを紹介、VERTON差出の書留便、受取はBritish Expeditionary Foece, 第1次世界大戦時のイギリス海外派遣軍基地宛フランス国内便カバーで、表面と裏面の情報から色々調べている所だそうです。

7人目)6人目のモーリシャス1848年切手から、自分のコレクションとの比較で少し紹介、1ペニー3枚ストリップ貼カバーは退色の様に思えるが、もしかするとインクの酸化かもしれないとの意見、某スタンペディア機関紙にインクの酸化した切手の復元方法が記事として載ってましたが、このカバーで試すには勇気が要りますね。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

(追伸)次回例会には、占領フィリピン専門収集家(国際展出品者)の鏑木顕さんが参加し、作品を解説予定です。

外国切手研究会 第20回Zoom例会レポート

202095日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第20Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)英本国1864年発行ペニーレツド目打有コレクションを紹介、この切手の特徴として、今まで下の2角のみだったコーナーレターが上下4角に、印面に版番号が入れられるようになった事、71版から始まり225版迄有る、その中で77版は世界に数点しか存在が知られていない珍品。

使用済リーフは局名が読めるものを整理した見応えの有るコレクション、大きなブロックは本国でも人気が有り入手は中々難しい。

カバー類は日本・江戸(Yedo)宛外信使用、最終225版1枚貼適正使用、ポルトガルリスボン行外信使用、オックスフォード大学の非公認私製加刷切手(O.U.S)カバーを紹介。

2人目)1848年ジャワ・バタビア発、フランス・ボルドー行スタンプレスカバーの紹介、紅海を抜けてアレキサンドリア経由、地中海を抜けてマルセイユ経由、到着迄57日を要している、前回発表 の ”Landmail” カバーは1846年オランダ・アムステルダム発バタビア行で54日を要していた為、このカバーと同様なルートで運ばれたと思われるとの事。

航海ルートが記載された資料により、逓送ルートが分かりやすく一目瞭然でした。

3人目)ロンバルディ・ベネチアの印紙の郵便使用カバーの紹介、18566月4日ベローナ発、英国では切手と印紙が共用の時期が有り諸外国でも同様の使用例は有った、日本でも南方占領地では昭和切手が印紙として使われた事も有った。

当時オーストリア支配下にあったベネチアが印紙として発行したものだが、交付された法律の指示書が分かりにくかった為、間違って郵便使用された珍しい物。

この印紙の製造面で面白いのは、中央数字部分の印刷が凹版と凸版の物が全ての額面に存在し、これは30センテジミが凸版印刷、15センテジミが凹版印刷で両方の印刷形式が混在して郵便使用されたカバーとして唯一確認されている物。

1人目で紹介の有った英本国1864年発行ペニーレツド目打有77版の話、今までの発見件数は未使用4点使用済5点で計9点、スコットカタログでは未使用は評価無し、使用済評価約2000万円となっている、未使用の内2点は博物館に入っており、残り2点も100年以上市場に出ていない為と思われる。

使用済1点も博物館に入っており2点も同様に市場には長く出ておらず、残り2点は2012年と2016年に恐らく投資目的で購入したと思われるジャージーの会社から2019年にオファーを受けたという話でした。

この77版の切手が非常に少ない理由は、比較的多く製造されたにも関わらず、大半が目打施工や製造に問題が有り殆ど市場に出なかった為と記事に書かれていたとの事、コーナーレターが ”M I” の切手を見ると下部の目打施工が悪いのが分かります。

4人目)前回の続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー5セントコレクションの紹介、外国宛基本料金で最初のリーフはタウンキャンセルコレクション、郵便局名下部の番号は、メイ&ハリスの書籍の消印番号。

単片貼アメリカ宛カバーを2通紹介、下部のカバーは19858月1日発ニューヨーク宛だがマサセッチュー州に転送されている、受取人はドクターらしく時期と転送先から避暑地に行った受人に転送されたカバーではとコメントが有りました。

アメリカ切手とのコンビネーションカバーは2倍重量便で10セント分貼、アメリカ到着後に5セント切手が貼られスコットランド・エディンバラに転送、裏面に中継印や到着印が押されている、このシリーズのコンビネーションカバーは少なく貴重な1品。

複数貼アメリカ経由ドイツ宛カバーを2通紹介、2倍重量便と2倍重量便書留カバー、単一切手の複数枚貼カバーも入手以外とは困難。

16枚貼カバーの紹介、アメリカ経由フランス宛13倍重量便の書留カバーで計80セント分貼、裏面に中継印や到着印が押されている、現在確認されている単一切手の最大マルチプル貼カバー。

ドイツ宛カバーとフランス宛カバーは共にアメリカ・ニューヨークの書留ラベルが貼られている、ハワイでは書留番号が合わさった書留印が使われているが、これはUPUで外国宛書留郵便物は書留ラベルを貼付する規定が有った為と思われる。

5人目)昔に購入したツエッペリンカバー、詳しく覚えていないので今回調べ直した情報を紹介、左上印鑑の飛行船番号(LZ127)から多くの郵便物を運んだグラーフ・ツエッペリン号と分かる、1929年のオリエント飛行、パレスチナ・ハイファ行カバーで、この飛行船は霞ヶ浦に来た事も有り比較的日本でも知られている。

情報によると、ミッヘルのツエッペリン専門カタログによると、左下のスフィンクスとピラミッドが描かれた印鑑は、レッドパープルとブラックレッドのタイプ違いが有るそうです。

6人目)アメリカ1851年シリーズ目打有1セント ”ブルー・フランクリン” タイプ5より、目打がずれて左印面に銘版が入った切手を紹介、ずれがこれ程大きいのは珍しくまるで印面デザインのようになっているのが面白い。

アメリカ初期記念切手コレクションの紹介、1883年世界コロンブス博覧会記念は16種セット中14種が揃った物、高額の4$と5$はアメリカ記念切手の中でも最難関と知られ入手は難しい。

1898年トランス・ミシシッピ博覧会記念切手9種セット、当初2色刷の予定が南北戦争の関係でコロンブス博覧会と同じく単色刷となった、1$の牛の図案はアメリカらしいデザインで高価だが人気のある切手。

1901年パン・アメリカン博覧会記念切手6種セット、アメリカ記念切手初の2色刷でトピカル収集家からも人気が高い、1セントと2セントには中央部が逆に印刷されたエラーが有る。

1912-13年発行小包切手12種セット、トピカル収集家からも人気の有るデザインだが、同一サイズ同一刷色の切手は間際らしい、間違いやすいと現場からは大変な不評だったそうです。

7人目)前回他の方が発表されたオランダ本国、1872年5セント(SC23)キングウイレム3世のカバーの件(システムエラーで前回は画像無しでした、ありがとうございます)で少し調べさせて頂いた事を発表されました。

地図から読む逓送ルートの他、AMERICAN SOCIETY FOR NETHERLAND PHILATERYというサイトの紹介。

http://www.asnp1975.com/

このサイトのBackIssuesでは1975年から始まる過去の会報を見る事が可能で、このシリーズの詳細な記事を何点か見つける事が出来た、非常にバラィティの豊富な切手という事も分かる、英語で書かれている件も有難いと思います。

更にはIndexを見ると蘭印の記事も有るようで、今後非常に参考や勉強になるかもしれないという参加者の意見でした。

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外国切手研究会 第19回Zoom例会レポート・追加分

2020829日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第19Zoom例会』の追加レポートです。4人目)の記述で一部勘違いや間違いが有ったのと、消失分の画像データも再投稿頂いたので今回と差替えて頂けると幸いです。

4人目)前回他の方から発表された、アメリカ1851年シリーズの最高額面90セントのカバーについて、使用例が10通も無いと言われていたが確認されている物は6通ではないかとの事、その中から4通を紹介して頂きました。

1通目、1861126日ニューヨーク発、スエズ経由マルセイユ行、1ドル32セント分貼。

2通目、イギリス経由喜望峰行、1ドル32セント分貼。

3通目、ニューヨーク発、イギリス経由上海行、1ドル68セント分貼。

4通目、国内使用3セント基本料金の30倍重量便で90セント1枚貼。

ホノルル発アメリカ行カバーを2通紹介、10セント1枚貼と、1セントペア貼と10セント1枚貼、ハワイ~アメリカ東海岸までの料金は17セントで17セントをハワイでは現金で支払い、到着したサンフランシスコ港で東海岸までの料金10セントとShip Feeの2セントを切手で貼付して送付したものになります。10セントの単貼はこのShip Feeを現金で支払ったケースに該当することになるわけです。

Hawaii Pictorial Issueの2セント切手単貼の外信便の使用例2通紹介、葉書はハワイ最初期の絵葉書で非常の珍重されている葉書である。Aloha Nui(アロハ・ヌイ)Postal Cardと言うもの、ホノルル以外のタウンキャンセル(Town Cancel)は非常に収集の対象になっています。

前回のタウンキャンセルという郵便局の消印収集コレクション紹介時に出た質問の答えで、当時のハワイの郵便局数105局だそうです。

ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー2セントのフルシートの紹介、50面シートでポジション48に定常変種。

ピクトリアルイッシュー発行年多数貼り書留カバーの紹介、ホノルル発ニューヨーク行。

エジプト?の官製ハガキが世界中を転送され最終的にシェラレオネに到着した使用例の紹介、蘭印、ハワイピクトリアルイッシュー、アメリカの切手が貼付されている面白いマテリアル。

以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。