外国切手研究会 第21回Zoom例会レポート

2020912日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第21Zoom例会』のレポートです。参加者12人中7人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)前回の続きで、ハワイ王国1894年発行ピクトリアルイッシュー、10セント切手カバーコレクションの紹介、10セントは外国宛2倍重量便や書留料金に該当。

1通目カバー、ホノルル発アメリカ・オレゴン州宛カバーは受人の ”bishop” から宣教師間の物と思われる。

2通目カバー、ホノルル発、ホノウリウリ宛島内間書留カバー、書留料金10セント+島内間料金2セントで切手は次のUPU改色切手、差出はYOKOHAMA SPECIE BANK、カバー右上と左下が当時のコロナ対策でカットされている。

3通目同シリーズ4種貼、4通目10セント3枚貼は共にホノルル発アメリカ向重量便書留カバーだが、ホノルル局消印の色が違うバラィテイ、3通目のパープルの消印はかなり少ない、4通目の同一切手3枚貼カバーは入手が難しい貴重な一品。

情報として、現在アメリカのオークションに出品されている、フィリピンのゲリラ切手6枚ブロック貼カバーの話、6枚ブロック貼カバーは現存1通と言われている、逓送ルートはフィリピン1945年1月→オーストラリア→(アメリカ軍用機で運ばれ)ペンタゴン→受取人1945年4月20日。

2人目)アメリカ1861年シリーズ、このシリーズが発行された背景としては1861に勃発した南北戦争の為で、南部のアメリカ連合に資産として残っていた膨大な前シリーズ迄の切手を無効にする為、新しいシリーズの切手を発行せざるしかなかったとの事。

Toppan,Carpenter&Co. 12セント、24セント、90セントの魅力的なDie Essayを紹介。

国内書状基本料金の3セントの紹介、約178千万枚発行で実用版は24版有り、シェードの分類はピンクとローズに大きく分けられる、ピンクは初期に約10万枚のみ発行で非常に少ない、このシリーズは1867年からグリルという用紙に突起を付けて消印を取り去りにくくする加工が施されて発行された。

カバーは2通紹介、1通目は消印に年号が入っているこの当時は少ない物、2通目は戦争中だが北部から南部へ宛てられたカバーと思われる。

南部のアメリカ連合1861年発行5セントと10セントカバーの紹介、南部は工業力が乏しい為、北部のように全ての切手を凹版印刷で製造する事が出来なかった、当初は書状基本料金が500マイル以下5セント500マイル超が10セントだったが、後に全て10セントとなった。

3人目)ユーゴスラビア1932826発ツエッペリンカバーの紹介、ドイツ・フリードリヒスハーフェン1932912日中継印、ブラジル・リオデジャネイロ1932916日着。

フライト記録から運ばれた便は分かっているが、ユーゴスラビアの受付郵便局は不明、三角形の航空郵便?の消印はユーゴスラビアのツエッペリンカバーによく使用されているらしいが、キリル文字も使われていて詳細は分からない。

人気の有るドイツやアメリカ、ロシアのツエッペリンカバーに比べ情報が少ない為、裏面に貼られたラベルや人名の印鑑等不明な点も多く、言葉や住所等も現在では変わっている可能性も有りますが、何か情報をお持ちの方宜しくお願いします。

4人目)ポーランドの書留使用官製ハガキの紹介、ワルシャワ第2局引受けのクラカウ宛、現在はポーランド領だが、この当時はオーストリア領で外国宛扱いになり、その為か最初にワルシャワ第2局で貼られた国内用?書留ラベルの上から、海外用?書留ラベルが貼られた使用例。

最初に貼られた書留ラベルはキリル文字のRが使われている物、その上に貼られた書留ラベルはUPU規定のRの文字入り、”Varsovie”とはワルシャワのフランス語表記で、書留引受け番号は最初のNo36が活かされていると思われる

紫色の消印はワルシャワ出張第1局の消印で、外国便は一度此処で集められてから処理されたとの事。

1947年中華民国発行・アメリカンバンクノート社印刷の切手についての話、使用済が少ないのは当初の計画より1年以上遅れて発行され、その間にインフレが進み郵便には使用しにくくなった為、未使用もバラィティは少ない為か安価。

JPSカタログよりこの切手の印刷シート構成は300面(50面シート×6)と分かる、カラーマークを手掛かりに、手持ちの30050面シート5枚で合成した300面フルシート想像図を紹介。

5人目)スーダンの切手を真似た、CAMEL POSTというシンデレラ切手の紹介、バーレーンのラクダ図案の切手3枚、戦争税切手1枚と共に貼られたコンビネーション風カバー。

切手としての効力は無く、障害の有る子供の世話をする団体施設に送る寄付を集める目的で発行されたもの、1986年から1990年頃に同じ図案で色違いが数種類発行されているらしい。

CAMEL POSTという名前から、TINCAN MAILの様な特別な運ばれ方の郵便を想像したが、そういう物では無かったとの事。

6人目)モーリシャス初期コレクションの紹介、1847年発行 ”POST OFFICE”は余りにも有名だが、次の1848年発行 ”POST PAID” 切手と、その次の通称 ”Britania” 切手の後に石版印刷で発行されたビクトリア女王図案切手の紹介、マージンや印刷、消印の状態も良くお気に入りとの事、とても良い一品でした。

フランス50サンチーム貼1917年3月のカバーを紹介、VERTON差出の書留便、受取はBritish Expeditionary Foece, 第1次世界大戦時のイギリス海外派遣軍基地宛フランス国内便カバーで、表面と裏面の情報から色々調べている所だそうです。

7人目)6人目のモーリシャス1848年切手から、自分のコレクションとの比較で少し紹介、1ペニー3枚ストリップ貼カバーは退色の様に思えるが、もしかするとインクの酸化かもしれないとの意見、某スタンペディア機関紙にインクの酸化した切手の復元方法が記事として載ってましたが、このカバーで試すには勇気が要りますね。

今回は以上です。詳細は下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。

(追伸)次回例会には、占領フィリピン専門収集家(国際展出品者)の鏑木顕さんが参加し、作品を解説予定です。