外国切手研究会 第14回Zoom例会レポート

2020725日 2000PM – 22:00PM開催『外国切手研究会 第14Zoom例会』のレポートです。参加者13人中6人の発表で質疑応答が有りました。

1人目)スイスコシャー切手の紹介、郵趣20004月号に解説されているが、1907年に出した政令を民間会社(コシャー社)が誤解して作った「ラベル状の切手」、本来は切手ではないので郵便に使用出来ないがしばらくの間はその使用が見逃されていたとの記事だが、発表者参加者共にカバーや使用済は見た事が無いとの事。

質問その1)郵趣紹介記事の切手つき封筒は政令解釈が正しいものか(正しく運用されて製造使用されたもの)、その2)切手や封筒の印面原版は政府が貸出提供したものか(当時の状況から複製原版の貸出提供が有ったと思われる)、その3)印面部分のサイズはオリジナルと同じか(切手を比べて見る限り同じ)、その4)この切手や封筒の販売価格は日本のエコーハガキの様に割引販売されたのか(情報が少なく現時点では不明)、その5)この切手は誰が使用出来たのか(同じく情報が少なく不明)、その6)この切手や封筒は普通に郵便局から販売されたのか(多分違うと思うが詳細は不明)。

スイス民間会社製造切手封筒については、郵趣の記事以上の情報が少なく疑問点が多く出ましたが、コーディネーターから後の話に出て来る、米国スイス郵趣協会の方に訪ねてみるかもしれないとの事、HPも有る為そちらも要チェックです。

https://swiss-stamps.org/

2人目)アメリカ切手初期コレクションの紹介、1リーフ目は局長臨時切手でこれらはアメリカ全土の統一切手が発行される以前、ニューヨークを始めいくつかの郵便局で1845年から1847年の2年間に発行されたもの、紹介のニューヨーク局切手は一見ペン消しに見えるが、郵便局長や職員が販売時イニシャル等のサインを入たもの、使用時はこの上から郵便印やペン消しとなる、プロビデンス局切手は横3枚縦4枚の12面シート構成で手彫銅版印刷との事、局長臨時切手はこの2局以外の収集は中々難しい様、1845年当時アメリカの前納郵便基本料金は12オンス以下300マイル迄5セント、300マイル越10セントでその後統一切手発行時も引き続かれる。

2リーフ目は1847年発行統一切手5セントと10セントのコレクション、5セントの方はシェードバラェティが豊富でスコット専門カタログでも5種類に分類されている、10セントの方は刷色が黒という事も有り大きな分類はされていない、他に10セントのトライアルカラープルーフや1875年印刷局発行のリプロダクションなど。

3リーフ目は両切手カバーの紹介、5セントの方はペンシルバニア州内1850531日のカバー、10セントの方は1850523日ニューヨーク発、同525日カナダクイーンストーン中継印、同5月27日カナダコーバーグ行カバーで当時の基本料金、ちなみに中継印下部U.Cとは当時のアッパー・カナダの事で現オンタリオ州とのコメントです。

切手発行初期アメリカの郵便物は後納が中心で、切手が使われたのは約2パーセントと言われており、英国ぺニーブラック、ペンスブルーなどに比べその現存数は非常に少ない、局長臨時切手でも特に希少なバージニア州アレキサンドリア局発行切手のカバーは、近年約1億円で取引されたと2020年スコットクラッシックカタログ冒頭記事に書かれているとのコメントが有りました。

3人目)アメリカ郵趣協会の最新月刊誌で取り上げられていた話題を紹介、同国1957610日発行の国際観艦式(INTERNATIONAL NAVAL REVIEW)の記念切手だが、図案左の円には(1607-1957 JAMESTOWN FESTIVAL)も入っており、FDCも同様から異なる複数の出来事を記念して発行されたと分かる、この地はイギリスが北アメリカに建設した最初の永続的植民地でもあり、当時の郵政としてはジェームスタウン350周年記念の切手を考えていたが、冷戦時代の当時は国防長や国務省より横槍が入り、NATO海軍合同演習の方の切手を作るよう圧力が掛かったらしい、当初は無視していたがやがてそういう訳にもいかなくなり、演習場所が偶々このジェームズタウン沖だった為両方の内容を合わせた切手となったという記事。

FDCの初日印は切手に描かれている航空母艦サラトガの機械消となっているが、おそらく艦内での押印作業では無かったと思える。

このような複数の出来事を記念して発行されたのはこれが初めてでは無く、1930410日発行「カロライナ・チャールストーン記念切手」、1939112日発行「4州50年記念切手」が有る、後者の切手はまるで洗濯物を干しているようなデザインと言われ評判は良く無いとの事。

日本でもこのような発行がされた切手は無いかと調べた所、201261日発行「東京国立近代美術館開館60周年・京都国立近代美術館開館50周年記念切手」、20059月1日発行「古今和歌集奏覧1100年・新古今和歌集奏覧800年記念切手」、2006929日発行「国際文通週間・国連加盟50周年記念切手(切手には国際文通週間の表記は日本語英語共に無いが記念印には入っている)」、1985510日発行「国土緑化運動・国際森林年記念切手」等を見つける事ができた。

以前からの記憶として1968101日発行「明治100年記念・第23回国体記念切手」も浮かんだがこれは正式名称であり、明治100年の記念切手は別に発行されていて、二つの出来事を合わせて発行された訳では無いという事も分かった。

追加解説その1) 第13Zoom例会で発表された、アメリカ2セント切手付き封筒に1セント及び2セント加貼使用のペンシルバニア発長崎経由仁川行カバーの説明が抜けていましたので、お詫びと解説を追加させて頂きます、最近興味を持っている領土を持たない切手発行体や亡命政府の切手など、突き詰めれば自分のメイン収集範囲である戦前の朝鮮半島に繋がる事に気がついたとの事でした。

4人目)蘭印南方占領地切手について、切手としての扱いは日本切手側だが、オランダ切手収集家としてはやはり蘭印切手に加刷されたものは台切手共に興味があり、色々調べて行きたいとの事。

前回紹介のドイツ2000枚パケットに入っていた、ブュルテンベルクの切手が貼られたカバーとハガキを入手、なぜか封筒よりハガキの方が貼ってある切手の額面が高い?それらを含め詳細はこれから調べたいとの事。

最近オークションにドイツ軍事郵便のスタンプレスカバーが2通出品されていたが、値段等を考慮して1通に絞り落札した、理由は消印が鮮明でその数字(部隊番号?差出地番号?郵便局番号?)と差出人が記入したと思える裏面の数字が同じ事を重視したがどうか?このような軍事郵便のカバーはどう調べれば良いか?

アドバイスとしてはこちらを購入して正解です、フェルド・ポストの記入、日付印、検閲印も全て表面で揃ってるのと、茶色封筒より白色封筒の方が良いと思いますとの事。

1949年の強制貼付切手貼カバーについて、切手自体をスコットカタログでは調べる事が出来なかった、そもそもスコットカタログにはこれらの切手は掲載されていないのか?また他の種類等も無いのか?やはりミッヘルカタログが必要なのか?

アドバイスとしてはミッヘルジュニアカタログには載ってなかったとので、ミッヘル標準カタログか専門カタログが必要と思います、それらには詳しい分類も載っており、古い版でも良いので入手されるのが良いと思います、又この切手の使用例としてはオーソドックスだが良いカバーだと思いますとの事。

5人目)米国スイス郵趣協会が日本時間724-25AM8に開催したZOOM例会に参加した内容から抜粋して紹介、スイス郵便史シンポジュームがテーマと聞いていたが、今回19世紀の話は殆ど無く20世紀の話が大半だったとの事。

5件の講義を楽しく聞く事が出来たが、その中で印象に残ったひとつがカンピヨーネ切手の話、カンピヨーネとはスイス領地内に有るイタリアの飛び地で現在でも人口2000人程の町、第2次世界大戦時イタリアが連合軍側に抑えられた時でも、この町はイタリアとして独立して残っており独自の切手を発行していた、フィラテリックなカバーが多く残っているが切手の発行自体はフィラテリック的では無い、カンピヨーネ切手についてどれ位実逓便が残っているのか、書留は1日どれ位利用されたのかを調べているアメリカの収集家からその発表を聞けた事。

もうひとつはアメリカの国連郵趣協会所属のグレック氏の発表で、国際連盟を中心とした他の国際機関のお話(ILO、難民弁務官事務所、国際司法裁判所等々)、TimeLineと表示されたパネルは国際機関の切手は第一次世界大戦後のベルサイユ条約から国際連盟が設立され、今の国際連合に至る迄を5つの期間に分けられると表現した物、最初の国際連盟事務所はロンドンに有った、その後ジュネーブのホテルに移る、国際連盟の建物は現IOLになっている、1920年よりジュネーブより郵便を出すようになる、郵便料金の関係でフランス差出カバーが存在する、国際司法裁判所は1934年オランダへ、委任統治関係等々、郵趣的には興味深い話ばかりだったとの事、他の方からの情報で今回の講義内容とほぼ同じと思われる動画がAPSYouTubeチャンネルにアップされており、設定で英語字幕を出す事も可能です、以下のリンクを参照して下さい。

国際連盟のYouTube https://www.youtube.com/watch?v=ljx1ON0mITs (後半は未掲載)

又前記の国際郵趣協会のHPでは過去の記事を会員で無くても一部参照する事が出来ます、こちらもリンクを貼っておきます。

国連郵趣協会(Journalの項で、過去の会報及びその索引が見られる)

http://www.unpi.com/#:~:text=The%20United%20Nations%20Philatelists%2C%20Inc,and%20forerunners%2C%20as%20well%20as

前回発表の英領ヘルゴランド島の切手に関する追加情報、この切手で8フレーム作品が作れるかという問いに対し、過去とある収集家が国際切手展でラージゴールドを受賞しており、経済的に繋がりの強いドイツとのスタンプレス時代のカバーやリプリント、素晴らしいマテリアルも多数含まれているがそれは5フレーム作品であり発行されている作品集も109ページの書籍、8フレームは難しいと思われるとの事。

6人目)旧中国切手に押された”HMCG”という穿孔代わりに使われたと思われる印について、2点共自分の所有品で数年前フィラテリストマガジンで発表したものだが、その時もその後もこの印鑑についての詳しい情報を入手出来てなかったが、先日海外オークションでこの”HMCG”印が押されている25分切手貼りカバーを発見落札、印の押され方や郵便印から所有の15分切手と同等の物と思える、カバーは恐らく公用便でニュジーランドオークランド行、25分の郵便料金は船便基本料金、又この切手についての書籍も発見して現在取り寄せ中、到着すれば多くの疑問が解決するかもしれないので続報を期待。

追加情報その2) 第13Zoom例会で発表された、ネパール切手とチベット切手の混貼カバーについて、日本の第一人者様より情報を頂きました。

今回のマテリアルですが、画像がハッキリしていないので不明な点がありますが、わかる範囲で解析をすると以下のようになります。結論から言うと、残念ながらフィラテリックな作られたカバーです。航空郵便用の封筒を使っていますが、この時期にネパールでは売られていません。それと、料金があいません。表面に4パイス無目打エラーが2枚で8パイス。裏面に2パイス刷色エラーが1枚で2パイス。表裏の合計は10パイスですが、チベット宛は8パイスになりますから、2パイス余計なわけですね。その、余分な2パイス分が裏面の刷色エラーになります。恐らくこのカバーを作った人は、エラー切手を使ったカバーを作りたかったのでしょう。ですから料金加納を承知で、2種のエラー切手を選んで貼ったのです。

2パイス刷色エラーは、Printing No.1の最終印刷で出現したもので、1945年にカトマンズ局内で集中使用されていますから、それ以前に収集用に市場に出たものを購入して、後年(画像では日付が読めない)使用したものと思われます。こうした理屈が合わないネパール関係のフィラテリックカバーは、欧米人によって多く作られているので注意が必要です。”

ネパールとチベットの間に条約はありません。ネパールは、1959年にUPUに加盟するまでは、基本的にネパール切手を貼付して外国郵便は出せませんでした。古くは、インドが在カトマンズ局を開局していたので、そこからインド切手を貼って差し出していたのです。

そうした不便が解消されたのは、1937年にネパールとインドの間で2国間条約が結ばれ、ネパール切手がインド限定で通用可能になってからです。そして、この条約を適用する形で、インド郵政が持っていたチベットへの郵便線路を利用することが可能になったのです。カバーを見ただけでは、ネパール郵政とチベット郵政が直接的に郵便交換をしていたように見えますが、実は違うのです。逓送は、ネパール郵政→インド郵政→チベット郵政となります。”

との事です、ありがとうございました。

以上です。下記画像をクリックして頂ければ大きな画像で見て頂く事ができます例会内容に興味が有る方や御質問等有る方、些細な事でも結構ですのでコメントをお待ちしております。